戦国期に来日した隠れユダヤ

獨協大学教授 佐藤 唯行

ザビエルの日本布教支援
南蛮商人ピントやアルメイダ

佐藤 唯行

獨協大学教授 佐藤 唯

 日本人とユダヤ人の最初の出会いは幕末・明治維新期に始まると信じている人は多いようだ。けれどそれは正確ではない。既に16世紀中頃の戦国時代、九州各地へ頻繁に来航した南蛮商人の中に実は隠れユダヤ教徒が混じっていたからだ。一番の著名人は後述するメンデス・ピント(1509?~83)だ。

 隠れユダヤ教徒とは宗教迫害を逃れるため表向きはカトリック教徒を装うイベリア半島出身のユダヤ人のことだ。彼らの祖国の一つポルトガルでは貿易商や医師など裕福な都市民階級を形成していた。しかし繁栄は永続しなかった。1536年、隠れユダヤ教徒に対する摘発が始まったからだ。

 安住の地を探し求め彼らが辿(たど)り着いた先の一つがポルトガル領植民地、インドのゴアであった。持ち前の商才と同族ネットワークを武器に彼らはインド各地で集めた財物を欧州へ輸出する貿易で他の追随を許さぬ存在になっていったのだ。

 ピントもこうした同族ネットワークに助けられ、冒険商人として活動の場をゴアに求めたのだ。以後、海賊に襲われ13回捕虜となり、17回身を売られるという波瀾(はらん)万丈の人生を生きたのだ。日本への4度の来航もそうした冒険ビジネスの一こまであった。最初の来日は44年、高校日本史で学ぶ「鉄砲伝来」の翌年、所も同じ種子島であった。この時、ピントは島の領主に火縄銃を売却している。

 ピントは日本人との交流のありさまを紀行文『東洋遍歴記』(岡村多希子訳、平凡社東洋文庫)に記している。同書の中には当時の白人キリスト教徒に特徴的な東洋人への差別的眼差(まなざ)しは見られない。ピントはまたザビエルによる日本布教のお膳立てを行った人物でもあった。ザビエルに日本伝道を決断させた魅力的な日本人、アンジロウとの出会いを実現させたからだ(ちなみにアンジロウは49年、鹿児島に上陸したザビエルの案内人を務めている)。

 この縁でザビエルと親交を深めたピントは尊師が日本で最初の教会を建設した際、その費用を用立てている。また中国布教の途中で病死したザビエルの遺体をゴアへ運ぶ役目も引き受けているのだ。

 隠れユダヤ教徒の中には商人をやめ、日本でのカトリック布教に加わった変わりダネもいる。その代表が55年、肥前平戸に来航したルイス・アルメイダ(1525~83)だ。転職の理由は第一に海賊が跳梁(ちょうりょう)する危険な水域での貿易を続けることのしんどさ。第二はアジア貿易の中心ゴアでも隠れユダヤ教徒への摘発が始まったことであろう。

 以後、隠れユダヤ教徒の多くはポルトガル領のマラッカ、マカオに拠点を移し商業活動を続けるのだが、これらの地でも早晩、摘発が始まるやもしれぬ。であれば魔手が及ばぬ日本こそ安住の地と認識されたのではあるまいか。とりわけアルメイダについては商人になる以前、ポルトガル本国で外科医免許を取得していた点が決め手となるだろう。ザビエル等が設立したカトリック布教団、イエズス会の日本支部に加われば、宣教医として活躍の場が与えられると考えたのではなかろうか。

 教団側もアルメイダがユダヤ出自であることに薄々感づいていたようだ。しかし摘発に乗り出すことはなかった。優れた医療技術の持ち主であると同時に財政的貢献者でもある彼を教団日本支部は必要としていたからである(ちなみにアルメイダは日本・マカオ間の生糸貿易で稼いだ私財の全てを支部に寄付していたのだ)。

 57年、後にキリシタン大名となる大友宗麟の援助を受け豊後府内に病院を開設、日本に初めて西洋医学を伝えたのだ。専門の外科以外、例えば内科の治療については日本人漢方医の調薬術を尊重し、全てを日本人漢方医に委ねたという。この異文化理解能力の高さは社会の周縁に常に身を置かねばならなかったユダヤ系ならではのものと言えよう。

 アルメイダは日本布教において開祖ザビエルに勝るとも劣らぬ役割を果たした。しかし、隠れユダヤ教徒としての出自故に教団内では冷遇され続けたのだ。アルメイダより8年遅れて来日した後輩のルイス・フロイスは29歳の若さでパードレ(司祭)に任ぜられるが、アルメイダがこの地位に昇進できたのは苦節24年を経た55歳のことであった。本国での学歴・職歴を比べればアルメイダの方がよほど優位であったにも拘(かか)わらず、布教が軌道に乗ると新たな未布教地域への伝道が命じられたのだ。その繰り返しが日本での28年間であった。

 しかし栄達は彼の望むところではなかった。全てを日本人のために捧(ささ)げ、83年、天草で没するのだ。天草の信徒たちからは「アルメー様」と慕われていたそうだ。ルイス・フロイスはその著『日本史』(柳谷武夫訳、平凡社東洋文庫)に収録したアルメイダへの弔辞文の中で「日本の習慣をわきまえ、日本人の心をつかむことに不思議な才能を持ち、日本人から愛された」とアルメイダを称(たた)えている。

(さとう・ただゆき)