民主主義の「試練」の時代に
東洋学園大学教授 櫻田 淳
権威主義と対立の構図
政治体制の「足腰」鍛え直せ
米中両国を軸とした第2次冷戦の様相は、「資本主義VS共産主義」の経済体制というよりは、「自由民主主義VS権威主義」の政治体制の対立構図として鮮明に現れる。
日米豪各国や西欧諸国のような「西方世界」では、自由、民主主義、人権、法の支配は、自明の信条として受け入れられているけれども、中国やロシアのような権威主義性向の強い国々では、そうではない。
中国は、「国家資本主義」と評されるほどに経済体制の上では「西方世界」に限りなく接近しているように見受けられればこそ、その政治体制上の「異質性」が際立って印象付けられる。第2次冷戦の到来には、相応の理由がある。
しかるに、「西方世界」諸国が抱える内憂は、民主主義という政治制度の動揺が露(あら)わになっていることである。目下、ドナルド・J・トランプ(米国大統領)の登場に象徴されるように、「西方世界」の内側では、自由、民主主義、人権、法の支配に並ぶ「寛容」の信条に動揺が走っている。
移民流入とテロリズムの頻発に揺れた西欧諸国、特に英仏独墺蘭各国における「反動」政治勢力の台頭は、「ポピュリズム」の様相を帯びながら、その傾向に拍車を掛けている。英国の欧州連合(EU)離脱を決めた国民投票の結果もまた、それが例えばナイジェル・ファラージ(当時、英国独立党党首)の言動に煽(あお)られたものである以上、その政治潮流の上にあるものであろう。
EU離脱国民投票以降、EUとの離脱条件に絡んだ交渉の最中でテリーザ・メイ(英国首相)麾下(きか)の英国保守党政府が暴露した政治混迷は、「西方世界」の内憂を象徴している。「民主主義の母国」としての英国は、政治制度上の「規範」を世界に示していると久しく語られてきたのであれば、それは、なおさらである。
折しも、2月25日、ジェレミー・コービン(英国労働党党首)は、英国労働党が「再投票」の実施を支持する旨の声明を発表した。コービンは内心、EU離脱を是とする信条の持ち主であると伝えられているとはいえ、英国国内EU残留勢力に強い追い風を吹かせることになる「再投票」実施への支持を明言した。
英国紙「ガーディアン」記事(電子版、2月25日配信)によれば、コービンは、その「再投票」を「英国に押し付けられている保守党の痛みの多いEU離脱」方針を止めるためのものと説明している。もっとも、英国労働党それ自体が議会内多数を制するに覚束(おぼつか)ないとされる現状では、コービン労働党の動きもまた、英国政治の混迷における一つの相である。
このようにして、今、「西方世界」諸国の人々に要請されるのは、民主主義という政治制度の「足腰」を鍛え直す努力である。民主主義の「足腰」を鍛え直すという観点からすれば、現下の英国政治の混迷を招いた「国民投票」(referendum)という制度に関しては、「一定の間隔で3度実施して、その内、2度出た方の結果に決める」という仕方は、真面目に検討した方がよろしいかもしれない。その効用は多分に次の三つである。
一、一時の「空気」「勢い」、あるいは「感情」によって、「国民の意思」が決まるようなことはしない。それは、「ポピュリズム」の風潮から民主主義体制を守る仕掛けでもある。
二、再投票や再々投票に際しては、それ以前の投票に際しての政治家の言動だけではなく、メディアの報道や「有識者」の言説もが検証される。国民の「感情」を煽るだけの無責任な言説が淘汰(とうた)される仕組みは、大事である。
三、民主主義社会を担う若者世代に対して、「政治教育」の機会を提供できる。仮に国民投票を1年置きに実施するならば、15歳時点で第1回投票を迎えた若者は、18歳を過ぎて第3回投票に参加することができる。
日本には憲法改正に際しての国民投票制度が既に出来上がっているのであるから、こういう方向での制度修正は考えておいた方がよろしかろう。もし先々に一般国政案件でも国民投票を導入しようとするのであれば、それは、なおさらのことである。
こうした国民投票の手続きを考えるのは、実に面倒なことであるかもしれない。ただし、民主主義はもともと、面倒な政治制度である。それが「誤った結果」を導かないようにするためには、こういう面倒さは、受け入れるべきものである。
在沖米軍普天間基地の辺野古移設の是非を問う沖縄県民投票では、総投票数の7割強、全有権者の3割強に相当する層が「反対」の意思を表明した。今後、こうした「民の声」によって何らかの政治懸案を一挙に落着させようという向きは、増えるのであろう。民主主義の「試練」は続く。
(さくらだ・じゅん)