米中争覇、宇宙にまで発展
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
中国がGPS拡大戦略
性能向上させ全世界普及急ぐ
年初に中国が月の裏側に衛星を軟着陸に成功させたニュースが報道され、今後、宇宙開発をめぐる米中角逐の激化を予測させた。周知のように米中間では昨年来、貿易戦争の危機が反復されてきたが、その様相は貿易赤字解消をめぐる紛争からファーウェイ事案のように新技術をめぐる米中覇権争いの新局面が浮上していた。その後、中国のサイバー攻勢など対中警戒感が高まる中で、米中角逐は宇宙開発の分野にまで拡大してきたことになる。
翻って中国は1987年に軍機関紙「解放軍報」に「三元的戦略国境論」を公表し、中国が力をつけた暁には、宇宙、海洋、海底という3分野の柔らかい戦略空間に領域を拡大するという野心が示されていた。実際、80年代以降、改革開放政策が功を奏し、中国の国内総生産(GDP)は2010年にわが国を抜いて世界第2位に飛躍してきた。その頃から中国は海洋進出を活発化し太平洋への進出を開始してきた。またマリアナ海溝では潜水艇「蛟竜号」がわが国の「しんかい6500」の記録を抜いて7000メートルを超える有人最大深度の実験にも成功していた。同時に有人衛星「神舟号」を累次打ち上げ、宇宙センター建設に向けて宇宙開発を着々と進めてきたように、前掲論文の通りに戦略空間を拡大してきた。
今次の月裏面への着地成功は国を挙げた宇宙開発プロジェクトの中の一環で、新エネルギー資源とみられるヘリウム採取を目指す「嫦娥(じょうが)(月面探査)計画」の成果であり、中国が米露と並ぶ宇宙大国の地位に就いたことになる。
米中貿易戦争は、2月末にトランプ米大統領が突き付けた回答期限後から再発しようが、先立ってペンス米副大統領のハドソン研究所における演説が示した厳しい対中姿勢から中国は対米戦略を変える兆しも見せている。実は鄧小平以降の政権は鄧小平の遺訓「韜光養晦(とうこうようかい)」に沿って自らの主張を控え、世界に慎重に向かい合ってきたが、習近平政権は19回党大会で世界覇権に向けた野望を隠さなくなり、世界から警戒されてきた。実際、経済大国化した中国は今さら頭を低くし、身を縮めても巨大化した身は隠しようもなく、「一帯一路」戦略を展開する中国は今さら「韜光養晦」には戻れなくなっている。3月以降は経済面で大幅な譲歩を迫られようが、次世代を制する先端科学技術の分野では対米優位を競って既得権は守り通そうとする戦略に転換してきたのではないか。その観点から、今後は柔らかい戦略空間と認識する分野における中国の参入と攻勢には刮目(かつもく)していく必要があろう。
その場合、南シナ海への進出は米自由航行作戦を誘発し、軍事的危機に直結する趨勢(すうせい)から、今後の米中争覇の注目点は宇宙が主要舞台になるのではないか。その観点から先に見た嫦娥計画の外にもう一つ看過できない事案も発表された。中国版全地球測位システム(GPS)の運用を前倒しでスタートさせるニュースが昨年12月27日に発表された。
現に米国のGPSは最大規模で世界をカバーし、全世界にサービスを提供し、わが国ではカーナビが日常生活に必需化している。中国もこれまで北斗衛星を打ち上げ、アジア太平洋地域に測位システムのサービスを提供してきた。中国の北斗システムの測位は誤差10メートルもあるが、報道(読売新聞12月27日付)によれば、今回、中国が始めたサービスは誤差を2・5~5メートルの北斗3号衛星の打ち上げで33基体制として全世界をカバーできるものになった。言うまでもなく米GPSシステムは31基で全世界をカバーし依然優位にあるが、その外にロシアが24基体制の「グロナス」でサービスを提供し、欧州の「ガリレオ」は18基体制を2020年までに30基体制に強化を図っている。ちなみにわが国も準天頂衛星システムを4基体制で整備し日本、アジア、オセアニア地域をカバーするシステムを実験的に展開している。
中国の宇宙測位システムは現にアジア90カ国にサービスを展開中であるが、このたび精度の低い前世代の「北斗2号」を性能の良い「北斗3号」19基を投入・入れ替えて位置情報の精度を向上させた。さらに中国はブラジル、ロシア、インド、南アフリカとのBRICS(新興5カ国)の枠組みではビッグデータの運用などの巨大国家の統治を支える付加価値を付けた協力体制を提唱するなど、米国への対抗や自己陣営の拡大など北斗システムの全世界普及を急ぎ国際的な影響力強化を図っている。
当面、中国は貿易戦争ではトランプ大統領に屈辱的な妥協案をのまされる可能性はあろうが、次の段階の先進技術では通信技術や測位システムなどの先端技術分野では負けないようしぶとく戦略的に既成事実の積み上げに手を打っている点を看過してはなるまい。
中国は「一帯一路」戦略で途上国へのインフラ開発資金をもって縛るとともに、利用価値が今後拡大する測位システムの利用国を拡大している。中国の測位システムの全世界への拡大は、中国的な統治システムを輸出することにもつながり、米中新技術の争覇は新段階に突入し、その影響は測位システムの占有率拡大の競争だけでなく多角的に注目していく必要があろう。
(かやはら・いくお)






