家族、私有財産、国家の破壊

小山 常実大月短大名誉教授 小山 常実

公民教科書の三つの特徴
マルクス主義思想と親近性

 筆者は中学校公民教科書における内容史を研究し始めて30年近くなる。平成17(2005)年版からは、教科書改訂のたびに各社の教科書を比較検討し、公民教科書の思想傾向を明らかにしてきた。現行版である平成27(15)年版についての比較検討は、『安倍談話と歴史・公民教科書』(自由社、16年)の中で行っている。

 最近また、現行版について気になった部分を再読する機会があった。その中で改めて気付いたことがあった。それは何か。公民教科書で展開されている思想が、共産主義思想に極めて近いことだ。今に始まったことではない。3点ほど述べておきたい。

 第一に指摘すべきは、何度も述べてきたことだが、平成23(11)年版教科書から多数派教科書において家族論が消えたことである。23年版でも27年版でも、最低限の家族論を展開していると見なせるのは自由社、育鵬社、帝国書院の3社だけである。かつて例えば昭和52(1977)年版では平均的に21ページもの紙数が家族論に当てられていたことから見れば、恐ろしい事態が進行しているのである。

 なぜ、こんなことになったのか。それは、平成20(2008)年版中学校学習指導要領から「家族」の語が消えたからである。国は少子化対策、少子化対策と騒いでいるけれども、子供が生まれ育っていく場である家族の大切さについて教育することを放棄する方向性を打ち出したのである。平成29(17)年版指導要領でも「家族」の語は消えたままである。

 しかし、これは、本当におかしな話である。共産主義にシンパシーを抱いていたとされるエレノア・ルーズベルトが中心的に起草した世界人権宣言も、第16条第3項で「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」と規定し、家族の保護ということを重視している。国は、せめて指導要領に「家族」の語を復活させ、公民教育において家族の重要性を説かせる方向性を出すべきであろう。

 第二に指摘すべきは、資本主義の前提である私有財産制を「日本国憲法」が維持していることを書かないことである。「日本国憲法」が私有財産制の立場であり、それゆえ社会主義に移行するためには「日本国憲法」の改正が必要であるということは、憲法学の通説ないし多数説の立場である。にもかかわらず、ただの1社も、自由権説明の箇所で私有財産制のことを記さないのである。

 いや、そもそも、資本主義と自由民主主義の体制を維持している日本などの国では、居住・移転・職業選択の自由や財産権などの経済的自由権が極めて重要である。だが、経済的自由権に関する記述は極めて簡略である。現行版でいえば、一番紙数を割いている教育出版でも1ページほどであり、平均的には半ページほどである。身体の自由や精神の自由を併せても、自由権全体にわずか2ページしか割かないのが公民教科書の多数派である。対して、平等に関する記述は、平均的に6~7ページにも達する。何ともバランスの悪いことである。

 第三に指摘すべきは、国家の思想の欠如である。何しろ、国家の役割をきちんと整理し、国家論をまともに展開しているのは自由社だけである。他に国家論らしきものを少し展開しているのは育鵬社だけである。

 また、教科書を読み直してみて改めて気付いたのだが、公民教科書の多数派は「国益」という言葉を用いない。何ともおかしなことに、政界で与野党とも普通に使用している「国益」という言葉は、公民教科書ではタブーであり続けた。管見の限り、平成17(05)年版で初めて「国益」の語を用いる教科書が登場したが、現行版でも「国益」の語を使用するのは自由社と育鵬社の2社だけである。

 諸外国との摩擦がますます激しくなっている今日、公民教科書が「国益」という言葉さえも用いないのはなぜか。それは、学習指導要領に「国際協調の観点」が謳われているのに対して「国益の観点」は謳(うた)われていないからである。国際社会は、国益を追求して相争う場であると同時に、互いに協力し合う「国際協調」の場である。にもかかわらず、国民は一方の「国際協調」だけを教わり、他方の国益追求を教わらないのである。

 以上、現在の公民教科書は、家族教育の放棄、私有財産制の無視、国家の思想の欠如という特徴を持っていることを紹介してきた。マルクス主義にとっては、原理的に言って、家族も私有財産も国家も全て破壊すべきものである。つまり、公民教科書とマルクス主義の思想は極めて親近性のあるものなのである。

 日本衰退の第一原因は、「日本国憲法」でも歴史教育でもない。家族、私有財産、国家の破壊を狙う公民教科書および公民教育にある。多くの方に、公民教科書の現状に注意を払っていただきたいと願うものである。

(こやま・つねみ)