米露首脳会談、隠された見方
陰のテーマは対中政策
米、中国封じにロシア利用か
トランプ米大統領は、6月の米朝首脳会談に続き、7月に北大西洋条約機構(NATO)首脳会議、初の訪英、米露首脳会談をこなした。
米政府は、米朝会談直後の6月中旬、中国に貿易戦争を仕掛け始めた。
7月8日の当欄で、世界は激動の時代に入った、と論じた。国際主義を排し、米国第一を掲げるトランプ大統領は、多極化を容認しつつも、中国の覇権追求を阻止するため、一連の行動に出ているのだ。中国は、多極化と言いながら、一極支配を目指している。
この観点から今回の「初の本格的な米露首脳会談」を読み取る必要がある。3月にプーチン氏が大統領再選を果たしたとき、トランプ大統領は、周囲の反対を押し切り祝福の電話をした。このとき、米国へ招待することも話している。
今回の会談は6月中旬頃、話題に上り始め、トランプ大統領の提案で、二人だけの会談が7月16日にヘルシンキで実現した。いろいろ話すこともあっただろうが、あくまで、陰の主対象は中国であることを忘れてはならない。会談後の共同記者会見の様子や取り上げるべき成果がないなどから、民主党や一部共和党議員、メディアはトランプ大統領を批判している。例えば、共同宣言もなく、プーチン大統領に媚(こ)びた姿勢を取った、と攻撃された。
トランプ大統領は、NATO首脳会議でこれまでのアメリカに頼り過ぎの是正、つまり一方的な経済的優遇を排し、国防費の国内総生産(GDP)2%の厳守などを要求した。アメリカは、昨年末の国家安全保障戦略で、中露を米国主導の世界秩序に対する「現状変更勢力」と位置付けている。
欧州諸国に要求するだけでなく実際行動として、8月13日、大統領は国防予算(前年度比約2・3%増の約7170億㌦=約80兆円)の大枠を定める国防権限法案に署名し、同法は成立した。署名式でトランプ大統領は、中国、ロシアとの大国間競争の激化に備え、核戦力の近代化やミサイル防衛の強化を進め、「米軍再建」を推進する、と表明した。同法は、米軍を1万5600人増員、戦闘艦艇13隻を新造、ウクライナに2億5000万㌦の軍事支援を行い、欧州の同盟諸国の対ロシア防衛への支援強化などを明記している。同盟国を非難するだけでなく、米国自身の負担を提示している。
ここに至るまでにも、昨年8月、対露制裁の承認、本年に入って露外交官多数の国外追放、英国でのロシア元スパイ毒殺未遂への報復措置、化学兵器使用を理由にシリア・ミサイル攻撃などを実施している。また安全保障を理由にロシア国営企業、政府出資の企業への新たな制裁を発動している。
通訳のみの二人だけの会談を約2時間、他の参加者も含んだ協議を約2時間行った。
報道によると会談内容は、核軍縮、国際テロ、シリア、イラン、ウクライナ問題、それにロシアの米大統領選挙干渉疑惑など多岐にわたったようだ。
会談冒頭、トランプ大統領は「中国についても話そう」と、プーチン大統領に述べた。
トランプ大統領は彼なりの目算があった。現在のアメリカにとって中国の覇権追求をいかに阻止するかが最大の課題である。ロシアと共有できる対中認識や策を話し合う良い機会であった。米大統領選挙戦当時から、トランプ氏はプーチン大統領に肯定的な発言をしていた。強権を振るう政治家に共感しているようだ。欧州訪問で、ロシアを敵とは言わず、「競争相手国」と述べた。長期的戦略として、ロシアを復権させ、中国封じに利用する魂胆かもしれない。
一方、プーチン大統領にとっては、クリミア併合以来、西側の経済制裁、さらに他国への選挙介入批判などを受けている中、アメリカと対等な外交関係、あるいは少しでもアメリカに優越していることが示せるなら断る理由はない。ロシアは上海協力機構や新興5カ国(BRICS)を梃子(てこ)にこれら諸国と協力関係を強めているが、その規模や影響力は限定されている。また中国が経済・軍事力を誇示してロシアを凌(しの)ごうとしている。
露中関係は「離婚なき便宜結婚」ともいわれる。欧米が両国に敵対的になれば、その関係は深くなる。この逆の事態もあり得る。トランプ大統領が問題視するアメリカの貿易赤字は、第一が中国、次は欧州連合(EU)である。
トランプ大統領は、対中貿易戦争を北朝鮮問題をも絡め、経済的痛みを覚悟して仕掛けている。ロシアは、漁夫の利と思われる一部を得られるかもしれない。
トランプ大統領は、会談でプーチン大統領の年内訪米を呼び掛けたが、その後、来年に延期した。プーチン大統領は北方領土問題をみても百戦錬磨である。トランプ大統領がモスクワに足を運ぶなら話は別だが、経済制裁解除とか、よほどの条件がない限り、訪米するほどの価値を認めないだろう。
(いぬい・いちう)