「ユダヤ国民国家法案」可決
イスラエルの右旋回象徴
ユダヤ色強め入植活動拡大へ
イスラエル国会(一院制、議席120)は7月19日、「ユダヤ国民国家法案」を賛成62、反対55、棄権2、欠席1で可決した。
法案可決に尽力するようネタニヤフ首相の尻を叩(たた)いたのは宗教シオニスト勢力だ。単独過半数に満たぬ世俗右派政党リクードを率いるネタニヤフは彼らに頭が上がらないのだ。宗教シオニスト諸政党の協力なしには連立右派政権を維持できないからだ。連立政権に属する国会議員の内、少なくとも26人が宗教シオニストで占められているほどだ。
「ユダヤ国民国家法案」はイスラエルの法体系の中では基本法に分類される。基本法とは「憲法なき国」イスラエルにおいて憲法に相当する重要な法律だ。当然、通常の法律より優位に立つ。これまで10を超す基本法が制定され、国家や社会の制度などこの国の在り方を定めてきた。
今回の基本法の眼目は第一にイスラエルを「ユダヤ民族の歴史的郷土」と定め、国内における民族自決権をユダヤ人特有の権利と定めている点だ。過去の基本法においてはイスラエル国家の性格が「ユダヤ的かつ民主主義的な国家」と規定されてきた経緯を踏まえれば、今回の基本法はユダヤ民族色を一層強く打ち出したものと評価できよう。
法案可決直後、ネタニヤフはイスラエル国家とシオニズムの歴史における決定的瞬間だと述べ、喜びをあらわにしている。
眼目の第二はユダヤ人による入植活動を国益と定め、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植活動を拡大してゆく方針を明示した点だ。これこそ前述の宗教シオニストたちを最も喜ばせた条文なのだ。彼らはヨルダン川西岸への入植を神から与えられた使命と見なし、入植地を守るためには、ためらわず武器を取る戦闘的なユダヤ人なのだ。
眼目の第三は東側を含めたエルサレムをイスラエルの「不可分で統一された首都」と規定している点だ。これは東エルサレムを「将来の独立国家の首都」と位置付けるパレスチナ自治政府側の主張を排し、イスラエルとパレスチナの「二国家分立案」を葬り去る目的の下に挿入された文言なのだ。もちろん宗教シオニストを喜ばすためだ。彼らは「二国家分立案」に基づく和平プロセスに対し最も強く反対する人々だ。「神の土地」を人間の判断で非ユダヤ人に譲り渡そうとする行為は、彼らにとっては決して許されぬ「神への裏切り」となるのだ。
眼目の第四はこれまでヘブライ語と並んで公用語の地位にあったアラビア語を公用語の規定から外し、「準公用語」に格下げしてしまった点だ。この「格下げ」を自分たちへの差別と受け止め、反発の声を荒らげているのがイスラエル在住のアラブ系(アラビア語を母語とする人々)だ。その数180万人。総人口900万人のおよそ20%に達している。彼らの多くは1948年の独立戦争の際にイスラエルへ残留する生き方を選んだパレスチナ人たちの子孫である。
アラビア語を公用語から削除したことについては内外のリベラル派から非難の声が上がっているが、それはイスラエルに対してフェアではないだろう。「誰が多数派住民か」を反映する形で公用語や国家の性格を憲法の中に定めることは、欧州の民主主義国家においても一般的に行われていることだからである。
リベラル派はまた今回の基本法によりイスラエルが従来より「ユダヤ色の強い国」となること、それ故に中東和平を遠のかせる火種になるやもしれぬことを危惧している。一方、保守派のイスラエル人はおおむね歓迎している。
顧みればイスラエルという国は建国以来、「ユダヤ人国家でありながら、なおかつ民主主義国家である」という二重の国家理念のせめぎ合いの中で歴史を歩んできた。この歩みの中で、とりわけ90年代以後、民主主義的価値の方がユダヤ的価値より優遇されてきたことに不満を感じる保守派は多いのだ。彼らにとり今回の基本法は、ユダヤ民族色を薄め過ぎた過去の行き過ぎを正しバランスを回復させるものとして歓迎されているのだ。
本稿を結ぶに当たり、今回のタイミングでネタニヤフに法案可決を決断させた背景について指摘しておこう。それはイスラエルを取り巻く情勢の好転だ。国内経済は好調で西岸地区の民衆蜂起も昔に比べれば大したものではない。パレスチナ人との和平プロセスは進展せぬが、気に留める者は国内では少ない。
とりわけ追い風となったのがトランプ米政権によるかつてないほどのイスラエルびいきの政策だ。トランプ政権は昨年末にエルサレムをイスラエルの「首都」と認定し、今年5月には国際世論の反対を無視して米大使館のエルサレム移転を強行した。こうしたトランプ政権の強力な後ろ盾を得て、ネタニヤフはイスラエル建国70周年を祝う節目の年にイスラエル国家の右旋回を象徴する今回の「ユダヤ国民国家法案」可決へと踏み出すことができたのである。
(敬称略)
(さとう・ただゆき)






