大変動の時迎えた国際社会
内向く米の隙突く中露
力ずくで世界秩序変更図る
今、奇妙な現象が起きている。ロシアのプーチン大統領が大統領選に勝ち、5月の就任式後、新内閣が発足するかと思いきや、汚職・腐敗抗議デモの対象メドベージェフ首相を含め現内閣を存続させた。さらに大統領4期目の就任早々の5月下旬、世界各国の通信社のリーダーや編集長が集うサンクトペテルブルクでの国際経済フォーラムで記者から質問され、「憲法を堅持し5選には出馬しない」と答えた。
これから6年間の政権担当に当たり、人心も倦(う)み長期政権にうんざりした状況だからこそ、国の発展政策をまず語るべきなのに、夢のない惰性的な船出である。これが最後の政権運営というのなら、早期のレームダック(死に体)化をなるべく避けるはずである。
直近の奇妙な出来事は、米朝首脳会談である。初の首脳会談だと騒いでいるが、超大国アメリカと東アジアの閉鎖された全体主義独裁国家とが首脳会談を行わなくても不思議でなかった。ところが巷間(こうかん)いわれるように、北朝鮮は核とミサイル開発に成功した、という。
では、今、なぜか。
国内外の政策が不安定なトランプ米大統領は、11月の中間選挙に備える有力な手段として利用したい。野党民主党が勝つと弾劾裁判の恐れがある。一方、国際テロを行い、叔父、兄まで抹殺する3代目金正恩委員長は、自分の命の危険を真剣に考えたからだろう。国民は貧困と恐怖の中にあり、経済も先細りする中、国連の経済制裁を受け、政権継承後、中国との関係は冷え込み、ロシアなど数少ない国としか関係が持てなかった。
トランプ大統領は秋の中間選挙が終われば、もちろん結果次第だが、2年後の再選を視野に入れた言動を新たに始めるだろう。金委員長は、国際社会を泳ぐに当たって、時間が味方である。逆に国内では時は待ったなしである。
このような個別の動きに目を奪われやすいが、今、最も考えなければならないことは、世界が激動の時代に入っていることである。大義に欠けたイラク戦争やリーマン・ショックなど大国アメリカの「一極支配」の野望が崩れ、政治と経済のグローバリズム(国際主義)が挫折、世界は多極化時代に入ったことである。
アメリカは、民主主義とか自由主義経済とか、大義名分を掲げ、お節介と言われようが、国民の血を流して広め、アメリカの理念とするところを維持・拡大してきた。それがオバマ政権後半から、血を流してまでの犠牲を国民が厭(いと)うようになった。民主主義の負の面が正当な意見としてまかり通る状況である。
先進国を見渡すと、グローバル化した経済の行き詰まりから国内政治を優先している。国際社会に対する大義など言える状況ではない。内政が安定していなくて、世界に貢献することなどできない。アメリカの意志と力の低下を虎視眈々(こしたんたん)と狙っていた中国やロシアがチャンス到来と行動を公然と始めた。
これを打ち砕き、阻止するのは米欧日だが、肝心のアメリカが内向きでは結束できない。結束できないどころか、トランプ大統領は西側さえ努力不足と批判して敵にしている。アメリカの露骨な国益最優先の外交政策や保護貿易主義が当面の問題である。目先の交渉は得意そうなトランプ大統領には、1年先とかの長期の時間概念はなさそうだ。今、彼の頭の中は、秋の中間選挙でいっぱいである。
中国は経済が拡大して豊かになれば民主主義に向かう、とキッシンジャー氏は絶えず言ってきた。
しかし、中国は、日本を追い越し経済大国になり、軍事大国たらんと国防費を年々倍増させ、軍備を急拡大させている。国際秩序に貢献するのではなく、覇権国家になることを隠そうとしていない。中国の偉大な夢を追っている。共産党独裁は捨てず、民主化は望むべくもない。習近平主席は、国家主席の任期を撤廃する憲法改正にまで至った。
ロシアは武力を行使してのクリミア併合を既成事実化し、中国の国際法を無視した南シナ海の軍事拠点化は完成間近である。これまでのところ、アメリカは若干の行動を取ってはいるが、有効に阻止することができていない。
トランプ政権の昨年末発表の安全保障戦略は、中露を米国主導の世界秩序に対する「現状変更勢力」と位置付けている。中露は秩序変更を力ずくでやる、やろうとしているのだ。
経済発展を何よりも重視し、精神面は二の次にして経済成長を追ってきた日本は、多極化世界になり、トランプ氏のアメリカから自立を促されている。与党はそれでも政治責任を果たそうと懸命である。野党は、世界の変化を知ろうとせず、安倍降ろしに専念している。マスコミは、偏向した、大衆迎合の紙面作りに狂奔している。これまでの価値観が揺らぎ、想像もできないことが起こる世界に入っているのに、天下国家を論じる政治家は稀有(けう)で、建設的意見を述べるマスコミも多くない。
(いぬい・いちう)






