人口と文明を考える
哲学者 小林 道憲
21世紀は「流民の世紀」に
中心と周辺が逆転する可能性
人口減少は、今日の先進国の悩みの一つである。欧米諸国でも、日本でも、出生率は年々減少し、このまま出生率の減少が続けば、先進国の人口は、今世紀の末には世界人口のごく一部にまで縮小してしまうだろうと言われている。さらに、先進国では、医学の進歩や福祉の充実などによって死亡率も低下しているから、人口構成の高齢化は急速に進んでいく。少子高齢化という先進国が抱える不安要因は、文明の発達の結果でもある。
先進諸国では、どこでも豊かな文明を築き、死亡率も出生率もともに低下してきたが、このまま進めば、先進諸国は、福祉国家どころか、介護国家化しないとは限らない。文明の衰退は、最終的には、人口の減少という形で現れてくる。
先進地域の社会解体も
この先進地域の人口減少を、後進地域からの人口移動によって埋め合わせするなら、21世紀の地球文明は、また新たな問題を抱えることになる。後進地域からの労働者の移住や経済難民の流入によって、先進地域は人種的にも文化的にも各種異質なものが混在し、それが社会的解体をもたらしかねない。
現代は、地球的規模で展開される未曽有の人口移動の時代である。確かに、貧しい国々から豊かな国々への労働者の移動は、先進国の人口減少と労働力不足を補うためには必要なことである。北の先進国へ流入して来る外国人労働者は、一般に、先進国の下層労働に従事することが多い。
この労働力流入がさらに進んでいくとすれば、これは、先進諸国にとって大きな問題を提起することになる。事実、ヨーロッパ諸国でも、イスラム系諸国から労働者や難民の流入が続き、さまざまな問題が起きている。アメリカでも、中南米諸国からの不法移民が流入、新たな混乱と摩擦を起こしている。日本でも、アジア諸地域や南米からの移住労働者は増えている。
これら外国人労働者や難民の流入によって起きる問題には、職場や賃金など雇用の問題、居住権や選挙権の問題、社会保障や教育を受ける権利など市民権の問題、その他さまざまの深刻な社会問題がある。また、これらの問題とも絡んで、この問題は、生活習慣の違いや言語の違いから、民族・人種・宗教に関わる文化摩擦を引き起こし、受け入れ側、流入側双方に緊張を招くことにもなる。このような状況の下では、各民族が混入し合って、宗教や言語に根差す不寛容な紛争を起こしかねない。
外国人労働者や経済難民の流入、文化摩擦や排斥運動の問題の背景には、南北間の経済格差や人口格差など、構造的問題がある。人口増加に悩み貧困に喘(あえ)ぐ南から、豊かな北の先進国へ仕事を求めて人々が流入し、しかも、豊かな先進国では下層労働を嫌うとすれば、北の世界の底辺部に南の世界が食い込んでくるのは当然のことだと言わねばならない。
パンデミックのため今は停滞しているが、人の流れが、人口過剰な貧困地帯から人口の少ない繁栄地に向かう傾向は止めることはできないであろう。この問題は、社会の分裂さえ引き起こし、21世紀の地球文明にとって重大な問題となろう。
21世紀は、故郷を失い根無し草となった流民の群が、豊かな地域を目指して移動する「流民の世紀」となるであろう。21世紀の地球文明は、この人口移動によって大きく逆転していく可能性がある。例えば、今日のヨーロッパが、遠い将来イスラム化するというような可能性もないわけではない。実際、今日のヨーロッパの大都市には、多くのイスラム系民族が住み着き、ヨーロッパは一種の逆侵略を受けているとも言える。
新文明を築いた異民族
しかし、それは、それほど驚くべきことでもないのかもしれない。今、多数の外国人労働者や難民の流入に苦しむヨーロッパ人も、かつては、ゲルマン人として、自ら古代ローマ世界へ流入し、そのことによって新しい文明を築き上げてきた周辺の異民族だったのである。文明は、しばしば周辺からの逆襲を受け、大きく転換する時がある。中心と周辺が逆転することによって、文明は絶えず変動してきたのである。
(こばやし・みちのり)