「大英帝国の矜持」示した英統合戦略

平成国際大学教授 浅野 和生

「世界的人材の磁石」目指す
日本政府も統合的ビジョン示せ

浅野 和生

平成国際大学教授 浅野 和生

 去る3月16日、英国保守党のボリス・ジョンソン首相は、「大競争時代の全地球的英国」と題する安全保障、国防、対外発展と外交の統合戦略を公表した。冷戦の終結以来、英国では国家安全保障戦略の他、省庁別等いくつかの国家戦略が構築されてきたが、これらを統合したのが今回のIntegrated Reviewである。

全地球的な大競争時代

 タイトルから明らかなように、ジョンソン首相はこの中で、今日は平和と安定ではなく、大競争の時代であるとの認識を示したうえで、欧州連合(EU)を離脱したイギリスは、ヨーロッパの軛(くびき)を脱して、自由に世界のあらゆる地域、国家と結び合う英国史の新たな一章の扉を開いたと述べた。その言や、強がり半分、本音半分だとして、そこここにかつての大英帝国の矜持(きょうじ)が垣間見える。

 同レビューにおいて首相は、EU離脱によって英国は、主権独立国家として独自の政策を、スピード感をもって立案、執行できると述べた。さらに英国は、芸術と科学の溢(あふ)れ出る創造力によって、他に例を見ないソフトパワーを世界に展開できるので、2030年までの野心的な国家目標は達成可能だと胸を張った。

 その背景には、全地球的な大競争時代においても、英国式の開かれた民主主義社会が、つまり言論、思想、選択の自由のある民主主義と自由市場こそが、人類の社会経済的進歩のための最善のモデルであるという信念がある。そして英国には、それを世界に向けて示さなければならないという自負がある。

 同レビューによれば、30年までに科学研究と技術革新の分野で英国が世界の3位以内の科学技術大国(Science and Tech Superpower)としての地位を確立するというのが国家目標である。特に人工知能など重要分野の最先端技術において、またサイバー、デジタル、データなどで英国が世界をリードし、世界標準を創出することは、英国のみならず友好国のためにもなる。また、それによって英国の人びとの商業上および雇用の機会を最大化させることができる。

 ジョンソン首相によれば、科学技術、研究開発でイギリスが世界をリードするというとき、その担い手はイギリス人でなくてもよい。すなわち、新たに世界的人材ビザ(Global Talent Visa)を発給して海外の優秀な人々をイギリスへ誘うのである。そのために世界100カ国に展開しているブリティッシュ・カウンシルが活用できる。

 イギリスは、大使館、領事館とは別に英語の普及と各国の若者を英国留学に誘うための拠点として、世界各地にブリティッシュ・カウンシルを設け、英語教室や各種イベントを実施してきた。英語を世界語にするための長期戦略である。今や世界語となった英語こそが、今日のイギリスにとっての貴重な資源となっている。これに加えてオックスフォード大学、ケンブリッジ大学を頂点とする優れた高等教育、研究機関がある。そこでジョンソン首相は、これら資源を最大限に活用することで、英国は「世界の技術革新と優れた人材を引き寄せる磁石になる」と宣言した。

 イギリスを含むEUは470万平方㌔、その人口は5億5千万人であり、EU統合でヨーロッパは米中とも対峙(たいじ)できる政治経済共同体を実現してきた。しかし昨年1月末にEUから離脱したイギリスの現状は面積24万平方㌔、人口約6600万人で、面積では日本の3分の2、人口は約半分にすぎない。

 そうした中で、EUから離脱したイギリスが独立主権国家として自主自立の道を歩み始めるにあたり、むき出しの小国となったことに打ちひしがれるのではなく、ジョンソン首相は、世界の大国としての地位を維持するビジョンを国内外に宣明した。小なるイギリスが「磁石」となることで、栄光ある大英帝国の後裔(こうえい)としての存在感を世界に示し続けるというのである。

縮み志向に陥った日本

 少子高齢化で長期の人口縮小局面に入った日本は、統計数字の呪縛(じゅばく)によって将来のビジョンまで縮み志向に陥っている。コロナ禍を脱した後の日本政府には、労働者人口減を外国人労働者で埋め合わせるという消極策ではなく、世界的人材の育成と吸引によって大競争時代を乗り切る、日本の文化と伝統を世界に輝かせる明るい展望の創出に期待したい。

(あさの・かずお)