50年前作成の国連海洋法条約の限界

一般社団法人生態系総合研究所代表代理 小松 正之

各国の思惑を優先し成立
内容バラバラの資源管理項目

小松 正之

一般社団法人生態系総合研究所代表代理
小松 正之

 地球温暖化は海洋にも影響を及ぼす。米西海岸のロブスターが北上し、メイン州とカナダ東海岸では豊富になったが、南ではほぼ消滅した。同様にロブスターがオーストラリア本土からタスマニア島に南下した。メイン州の漁業者は、次は自分たち、と危機感をあらわにする。

 北太平洋サケ・マスの漁獲量の減少は北太平洋の海水温上昇と暖水塊停滞、都市化による生態系の破壊、ダム建設など河川環境悪化と、サケ・マスの人工的な採卵と育成に頼る孵化(ふか)放流の継続での遺伝子の環境不適合の影響とみられる。

危機感を抱く米露など

 2020年にはロシアのサケ・マスの漁獲量が約40%も減少したと報じられた。サハリン島の南半分からサケが大幅減少したサハリン州で「北太平洋サケの資源動向などに関する国際会議」が2月19日に開催された。ロシア政府とサハリン州政府は大きな危機感を示した。米でもベーリング海以外の、ワシントン、オレゴンとカリフォルニアの各州に加えて、南東部アラスカ州のサケが減少し、米国も危機意識を有している。加ブリティシュコロンビア州のフレーザー川からも紅鮭がほぼ消えた。

 ミンククジラとナガスクジラはサンマを大量に捕食する。2月末サンマの漁獲量が21年と22年に22万㌧と合意されたが、20年の漁獲量が13万㌧であり、科学的根拠に全く依存していない。

 これらの資源管理の現状を見ると、国連海洋法は十分に現在の事態に対応していない。国連海洋法は、1970年代に交渉され、各国は自国の海域を囲い込む200カイリ排他的経済水域設定には熱心だったが、それ以外の条文には、日本をはじめ熱心ではなかった。

 国連海洋法第61条から第68条は、沿岸国200カイリ内の生物資源の保存(第61条)、生物資源の利用(第62条)、2以上の国や海域での跋扈(ばっこ)資源(第63条)、高度回遊性魚種(第64条)、海産哺乳動物(第65条)遡河(そか)性魚類(第66条)、降河性魚類(第67条)と定着性種族(第68条)の条文が、種族の生息域と回遊範囲の観点から定義付けられた。

 それぞれの条項がバラバラの内容で相互関連の記述がない。捕食者と餌の関係と、健全な海洋生態系が繁殖と保護を支えるとの観点が不足する。そして海洋生態系は陸域と河川が支えるとの視点がない。

 これら条項は米国・旧ソ連とカナダなどのこれらの種族に関心を有する国が、自国に多くの海洋水産資源を取り込み、自国の利益を優先するとの思惑で書かれた。また、当時に比べ、現在の科学レベルは高まっている。海洋環境に関して、陸域からの影響も、当時は有害物質の海洋・海上投棄の関心が主体で、陸域からの投棄や流出には触れていない。だから福島原発の冷却水の海洋放出が国連海洋法に違反しないとの理屈が一見まかり通る。

 「当時の70年代の海洋法条約の交渉は、微妙なバランスの上に成り立っている。どこの国も交渉の結果には満足していない。今その問題を指摘し出したら、パンドラの箱を開けるようなもの。そこからあらゆる問題が噴出しよう。それはどこの国も望んではいないのではないか」とワンリ国連海洋法事務局長は筆者に述べた。

新たな交渉も改正回避

 国連海洋法条約に基づく北太平洋漁業委員会は、サンマの管理をするが、捕食者のクジラも北太平洋の海域が重なるサケもマグロも条約魚種に入っていない。また、中西部太平洋マグロ類委員会にもカツオと餌と海域が輻輳(ふくそう)するニタリクジラも対象となっていない。海洋法の条文に欠陥があるためだ。これでは科学的評価と適切な漁獲枠設定、漁業の管理が可能とは思えない。また、陸や河川との関係も入れないとサケも管理できず、海洋の健全性も維持できない。

 現在交渉中のBBNJ(国家管轄権を超えた生物学多様性条約)では、交渉から50年も経て古くなった国連海洋法条約の改正に触れることを回避している。交渉のしやすさを考えて本質を避けているが、それでいいわけがない。人類全体にも禍根を残すことになろう。最近の国連では、先進国が本来は環境問題の解決に力点を置きたかった2015年の持続的開発目標(SDGs)もG77という開発途上国・中国に押されて開発面が前面に出て、メッセージ性が不鮮明になった。

(こまつ・まさゆき)