中国海警法施行と日本の対応
東洋学園大学教授 櫻田 淳
「態勢固め」を行う好機
尖閣「回収」は中国に負の効果
去る2月1日、中国共産党政府は、海上警備を所掌する海警局に武器使用の権限を付与することを趣旨とする「海警法」を施行した。
中国共産党政府が台湾や尖閣諸島に手を出すとすれば、それは、どちらが先になるのか。それは「人間が住んでいない」尖閣諸島なのであろうとは、容易に想像が付く。
中国共産党政府にしてみれば、尖閣諸島が日米安保条約第5条の適用対象であるという日米両国政府の再三の確認にもかかわらず、米国が尖閣諸島防衛に実は乗り出してこないと想定するならば、尖閣諸島を陥落させる方がコストは低いという判断は、確かに成り立つであろう。
こうした情勢下では、海警法施行が尖閣諸島周辺の緊張を高めるのは、間違いない。事実、日本と同様、「海」に絡む対中確執を抱えるベトナムやフィリピンも、此度(このたび)の海警法施行には、強い反発を示しているのである。
揺らぐ中国経済の足許
しかし、中国共産党政府が自ら「固有の領土」と呼ぶ尖閣諸島に絡んで日本の実効支配を覆し、その「回収」に乗り出した場合、どのような「負の効果」が中国に対して生じるであろうか。そのことは、冷静に見極めておいた方が宜(よろ)しいであろう。もしかしたら、その「負の効果」こそ、日本が利用できるものになるかもしれない。多分に、その「負の効果」の中身としては、次に挙げる三つが考えられよう。
第一に 日中関係は、経済を含めて実質上、断絶を余儀なくされよう。中国による尖閣諸島の「強奪」は、ジョージ・F・ケナン(歴史学者)が呼ぶところの「民主主義国家は怒り狂って闘う」空気を日本国内に一気に広げるであろう。
ビジネスを含めて中国に親和的な動きは、日本国内からは一掃されるのであろう。たとえば中国を含めて「産業のコメ」と称される半導体の製造に際しては、日本製半導体製造装置に依(よ)るところが大きいとされている。日本との関係途絶は、中国経済の足許(あしもと)を揺るがせるのであろう。
第二に、尖閣諸島の「維持コスト」が発生することになる。仮に中国が尖閣諸島の実効支配を日本から奪ったとしても、彼らは、それを維持するコストのことをどのように考えているのか。
第三に、明白な「侵略」に及んだという評価も、生じることになろう。日本の実効支配を強引に覆す対応は、明白に「侵略」として認識されよう。衰えたりといえ、先進7カ国(G7)を構成する主要国としての日本に敵意を向ける挙動は、それ自体がロシアのクリミア併合に比すべくもないハレーションを生じさせることになろう。
結局のところ、中国による尖閣諸島の「回収」は、日本の立場からすれば、「やれるものなら、やってみろ」という類の所業になる。この件に絡む日本政府の姿勢は、往々にして「腰の重い」と評されるものであるけれども、その「腰の重い」姿勢というのも、中国を「罠(わな)にかける」ことを幾許(いくばく)かでも考慮した上でのものであれば、決して意味のないものではない。
仮に中国共産党政府が並の程度の「政治上の賢明さ」を保っているならば、そうした「罠」にわざわざ落ちるような真似(まね)は、避けるはずである。故に、中国共産党政府が海警法という「刀」を手にしたところで、その「刀」を実際に抜けるかは、別の問題である。
「木に登らせ伐る」準備
故に、現下は、日本がいろいろな意味での「態勢固め」を行う好機である。海上保安庁と自衛隊の協働や「グレーゾーン事態」への対応の有りようを含めて、自民党内での「態勢固め」に係る議論は、早急に進められるべきものである。
日本政府の方はといえば、表向き慎重、柔和な姿勢を取っていても、中国を「木に登らせた上で木を伐(き)る」準備を関係各国と進めておくのが宜しいかもしれない。現下は、いろいろなことを考えておくべき局面である。
(さくらだ・じゅん)