回復力を促進する「信念体系」
メンタルヘルス・カウンセラー 根本 和雄
近年、新しい生物学として「エビジェネティクス」という分野が注目されている。それは「信念の生物学」と呼ばれている新しい分野で、米スタンフォード大学医学部教授(細胞生物学)のブルース・リプトンによる“信念は細胞を変える”という立場から、その著書『思考のすごい力』(邦訳・2009年)は、“科学と魂(スピリット)の世界をつなぐ細胞生物学者”としての卓越した名著である。
感情が自己治癒力左右
例えば、「プラシーボ(偽薬)効果」は、薬理作用のない錠剤(シュガーピル=乳糖)を服用した患者が快方に向かう現象である。つまり、これが有効であるという「信念」が、わたしたちの行動や身体に影響を与えるということで、これを「信念効果」という。この「信念効果」は、人間の身体や心には回復力としての治癒能力が備わっていることを示すものである。従って、この「プラシーボ効果」は、その人の心の肯定的思考による「信念体系」が、健康への回復力を高める現象ということができると思う。
つまり、希望的信念は人間の抵抗力を高め、治癒力を助けることが期待されると考えられる。例えば、近年(1995年)の例を紹介すれば、精神科医のトーマス・オクスマン(米ダートマス大学)は、心臓手術を受けた55歳以上の患者232人を対象に「宗教的な感情や行為」が果たす役割について調査したのである。その結果、宗教的感情(希望を抱いた人)は、そうでない人と比較して、術後に、より長く生存したことが明らかになった(ラリー・ドッシー著『祈る心は治る力』96年参照)。
古くは、ギリシャ神話に「パンドラの箱」の話がある。“開けてはならない箱”をパンドラが開けると、あらゆる災禍が飛び出し、箱を閉めると、箱の中に最後の一つが残る。それが「希望」であったという。
それ故、人類はさまざまな災禍に見舞われながらも希望を失わずに生き続けることができるし、この希望が心を元気にする原動力であり、同時に回復力を促進するエネルギーでもある。
古くより、“病は気から”という言葉の「気」は、中国医学の気というよりは、「気持ち」や「心持ち」つまり「心構え」としての「信念体系」と解することができると思う。
この「心の重要性」を基にして、がん治療を開発したのが「サイモントン療法」である。
これは、米国の放射線腫瘍医・カール・サイモントン(42~2009)による瞑想・リラクゼーション・イメージ療法を組み合わせた「健全な思考」(ヘルシー・シンキング)である。
すなわち、1960年代に心理的介入が、がん治療や治癒に影響を及ぼすことを確認したのである。そこには、安定した良い感情を生み出し、体に良い影響を与える考え方を「健全信念」とし、これに対して絶望感・敗北感などの否定的な感情をつくり出し、身体に害を与える考え方を「不健全信念」とし、この「不健全信念」を「健康信念」に変化させることにより、感情のコントロールを可能にし、これらの感情が体内の自己治癒力を左右する力を持っていると考えられている。
例えば、『聖書』に、病の人を癒す記述があり、“心安かれ、汝の信仰が汝を救えり”と語られている(マタイ伝9・22)。つまり、心の平安にこそ癒やしの力が秘められているのではなかろうか。
さて、この「健全信念」には、例えば、生命に対する信念、健康や幸せに対する信念、人生の目的や運命に関する信念などがあり、これらはいずれも「基本的信念」であり、同時に「哲学的信念」または、「宗教的信念」ともいうべきものである。
古代インドのアーユールヴェーダ医療では“病気は恵みである”という如(ごと)くに、“病を恩寵(おんちょう)”と受け止めることの大切さを思うのである。
健康は内なる良い調和
おわりに、“内なる不調和が病気であり、内なる良い調和とは健康である”(米生物学者のクレランス・クック・リトル)との言葉を意味深く思いつつ、健やかさを創り出す「信念体系」を常々心掛けたいと思う。
そして、次の言葉を味わい深く思う。
“最高の治療法とは、最小の侵襲(しんしゅう)をもって、最大のプラシーボ効果を上げる治療法である”
(米統合医学博士のアンドルー・ワイル)
(敬称略)
(ねもと・かずお)