米大統領選と我が国の防衛政策

元統幕議長 杉山 蕃

対中牽制の体制構築を
平和な海を守る努力怠るな

杉山 蕃

元統幕議長 杉山 蕃

 米大統領選は11月7日、バイデン候補の事実上の勝利宣言があり、米マスメディアは一斉に大統領交代の方向に流れているようであるが、トランプ陣営の法廷闘争への姿勢からまだ混迷を続ける様相である。この状況下、中国はいろいろな方策で米国を中核とする対中包囲網と言える国際情勢に楔(くさび)を打ち込み、情勢を有利に導く姿勢がうかがえる。先日、習近平中国国家主席が公表した「環太平洋連携協定(TPP)への参加検討」は、その嚆矢(こうし)と言えるであろう。

包囲網の阻止図る中国

 そもそも、中国は今回の米大統領選に際し、国際協調を掲げるバイデン氏よりも、米国の利益優先のトランプ氏の方がくみしやすいとしてきた経緯があり、選挙結果の推移を受けての対応、とみてよいだろう。中国は前に米国国防報告に関連して述べたように、海軍の大増強計画を推進し、戦闘艦330隻を有し、米国を凌駕(りょうが)する情勢にある。しかし、建艦のペースにもかかわらず多数の難題を抱えているのも事実である。

 その最たるものは対中包囲網の形成にある。米・印・豪・日を中核とする中国包囲網、加えて南シナ海で、領海権が競合する南シナ海沿岸諸国、目先の瘤(こぶ)と言える台湾等、中国海軍の外洋進出を警戒する動きには厳しいものがある。

 さらに海軍の特性として、遠隔地の運用には、拠点となる軍港・飛行場の確保が不可欠であるが、この目的と関連した「一帯一路」「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」といった計画もスリランカ・ハンバントタ港(中国による99年租借成立)に見られるように「債務の罠(わな)」であることが明らかになり、関係諸国も警戒を怠らない状況となっている。

 こうして見ると中国にとって、国際協調の進行は阻止しなければならない緊急の課題なのである。

 このような状況下、我が国の取るべき対応について考えてみたい。基本的には4年前、アフリカ開発会議において安倍晋三首相(当時)が提唱した「自由で開かれたインド太平洋戦略」に基づき、法の支配、航行の自由、自由貿易を旗印に、当該地域を質の高いインフラ整備を伴った国際公共財としていく方針を推し進めることが第一義であることは論をまたない。

 また1979年以降、米国が実施している「航行の自由作戦」(領海・排他的経済水域〈EEZ〉の過度の拡張に対し艦艇による航行実績を通じ、拒否する作戦。英仏も同調参加)へのアジア地域での参加をはじめ、関係諸国との連携、共同訓練等中国の力を背景にした理不尽な行動を牽制(けんせい)できる体制を構築して行く努力が必要である。

 先日、菅義偉首相とバイデン氏との電話会談においても、尖閣問題に関し安保第5条適用をコミットする発言がバイデン氏側から行われたとする発表が外務省から行われ、本件に関し従来の対応が継承できることが確認されたのも評価されるべきである。

 このように国際協調を主軸とした、平和な安定した環境を目指す努力は進んでいると見えるが、軍事の実情は厳しいものがある。その最たるものは、尖閣への執拗(しつよう)な不正行動に見られるように、中国と我が国の隣接性である。我が国周辺での活動には、前述した根拠基地も飛行場も不要で、多数の艦艇、航空機が来襲可能であることである。

 先日、護衛艦「くまの」(3900㌧、多機能型護衛艦2番艦)の進水が報ぜられた。結構なことであるが、目指す建艦体制は護衛艦64隻であるという。横須賀・佐世保を根拠とする米海軍第7艦隊は戦時体制で約50艦、日米共同でも100艦を超える程度で、300艦を超える中国海軍を横目で見るとき、これで良いのかという思いがするのは筆者だけではあるまい。四面環海、平和な秩序ある海洋環境を維持していくためには、「応分の努力」が必要であり、努力なく天が下し給うものと考えるのは極楽トンボ的発想と言わざるを得ない。

日本独自の主張反映を

 米国は最近、台湾に対し対艦巡航ミサイル「SLAM―ER」135発の売却を決め、中国を牽制する動きに出た。筆者が本欄で複数回主張しているところであるが、我が国が陸海空各自衛隊の保有する対艦ミサイルの射距離延伸、誘導方式の多様化を中核に、平和な海を守る努力を怠ってはならない。米大統領選の決着が近い今、従来型の米国武器購入要請に先行して独自の主張を日米同盟の中に、反映していく努力が必要である。

(すぎやま・しげる)