中国、全人代開催を強行した習政権
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
共産党独裁の維持に躍起
軍事挑発・香港強圧が不信招く
世界は580万人を超えるコロナ・パンデミックで対応に苦戦中であるが、中国では全国人民代表大会(全人代)が2カ月遅れながら開催された。
この全人代の強行開催には、中国が内にコロナ禍被害の他に出稼ぎ農民工など実質で失業率が20%を超えるなどの経済苦境や香港問題を抱え、外には国際社会からの武漢コロナへの初動対処をめぐる批判や米中角逐に見られるような広範な対決などの内憂外患を抱え、習近平政権の苦衷の決断が見てとれる。
それでも習政権は、ポスト・コロナ禍に影響力拡大を睨(にら)んで、コロナ封じ込めに成功したとその成果を世界に向けて誇示し、国内的には国権の最高機関とされる全人代を担ぎ出して共産党統治の権威付けを図ろうとしている。
コロナ禍で経済が低迷
その全人代では三つの点が注目された。その1は経済計画で成長率目標を明示できなかったことである。例年の全人代では総理の政府活動報告で経済成果や経済政策の目標、特に国内総生産(GDP)成長率目標を誇らしげに掲げてきた。しかしコロナ禍で中国経済は低迷し、1~3月は昨年同期比でマイナス6・8%成長を記録し、さらに国際的な不況で世界のサプライチェーンが打撃を受け、とてもV字型回復が望めない中で、共産党統治の経済成果が利用できなくなった習政権の悲壮感の表れでもある。
2008年のリーマン・ショック時は世界一の外貨準備高を武器に世界経済復興に貢献してきたが、今後中国は世界第2位の経済大国として何ができるのか、大風呂敷を広げた一帯一路戦略をこれまで通りに展開できるのか、等が注目される。
にもかかわらず2番目の注目点は国防費の急増で、1兆3000億元(約19兆円)と米国に次ぐ高額が計上された。実は江沢民時代から中国の国防費は23年間にわたり対前年比で2桁の急増を続け、20%を超える時代もあった。今世紀になってからでも20年で10倍に増額されている。
その結果、潤沢な国防費は解放軍の強化に注がれ、国産空母・山東や1万㌧級新型駆逐艦の進水・就役など海軍力の強化は目覚ましい。さらにコロナ対策で世界中が対応に忙殺する中で、中国は空母艦隊を太平洋や南シナ海に進出・遊弋(ゆうよく)させ、示威を続けている。加えて宇宙開発への努力も続けており、5月5日には宇宙ステーション構築を22年に目指した巨大なロケット「長征5B」を打ち上げるなど国威発揚に余念がない。
その3の注目点は、全人代で反体制活動を禁止する国家安全法を香港に導入するもので、国際的な反発を抑えての適用であり、本年頭に手を焼いた香港での抗議運動への安易な対応である。香港の自治や政治的自由を保証する「一国二制度」の形骸化に繋(つな)がり、同時に国際的に準公約の一国二制度の根本に関わる問題でもある。
習政権になって香港の自治が軽んぜられる趨勢(すうせい)に香港市民の反発はデモ抗議等で荒れており、今次全人代で国家安全法を持ち出す対応に対しても市民は猛反発し、米国は香港自治の保護を法文化し、北京の国家安全法の適用と強権力発揮の正当化などの締め付けへの反対を次の先進7カ国(G7)首脳会談でも取り上げようとしている。現に米大統領補佐官は対中制裁の発動まで示唆しながら中国を牽制(けんせい)している。
これら全人代の3注目点に通底していることは、習政権の不安感であり、中国共産党の独裁統治体制への危機感であって、その護持に汲々(きゅうきゅう)とするなり振り構わぬ必死の姿勢は逆に対中不信に繋がっている。
さらにコロナ禍への闘争最中にあっても米中争覇は広範なテーマで展開され、コロナ対策で苦悩する米国の弱みにつけ込んで行動領域の拡大を図ろうと中国は挑発的な軍事行動を反復している。特に中国は争覇の野心からコロナ封じ込めに当たっても「マスク外交」や自らの権威主義体制の優位を誇示しているが、中国の軍事的挑発や香港強圧などは逆に対中不信を招き、声望に影を落としている。
民主国家の結束強化を
見てきたように中国の対応は多くの国の信を失い、これまで独壇場であったアフリカ諸国からも警戒され始めている。コロナ禍への対処は喫緊の課題であるが、同時にポストコロナ禍の世界でどのような世界秩序が形成されるのか、を睨みながら民主主義国家群の結束強化の重要性も増している。
(かやはら・いくお)