内村鑑三と新渡戸稲造の教え

名寄市立大学教授 加藤 隆

「天の視点」で人生考えよ
品格と魂を磨き「真の人間」に

加藤 隆

名寄市立大学教授 加藤 隆

 我々は世界に誇る平和国家と自負している。しかし、心の覆いを一皮めくると、言いようもない孤独や不安に苛(さいな)まれているのも事実である。旧約時代の預言者エレミヤは、時の指導者に警告して「彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して、平和がないのに『平和だ、平和だ』と言う」と叫んだが、見せかけの平和に酔いしれている現代人にも警告を発してはいないだろうか。

「大いなるもの」の導き

 さて、寄る辺ない我々の社会を考える上で、羅針盤になり得る二人の明治人の著作を取り上げてみたい。内村鑑三の『代表的日本人』(1894年)と新渡戸稲造の『武士道』(1900年)である。両書ともすでに120年余の歴史を刻んでいるが、今なお多くの人々のスピリットを揺さぶって止(や)まない。このスピリットを、「天という視点」と「真の人間」という2点から吟味してみたい。

 まず、「天の視点」である。『代表的日本人』は最初に西郷隆盛を登場させ、鎖国について次のように語っている。

 「日本が天の命(めい)を受け、はじめて青海原より姿を現した時、“日の本よ、汝の門のうちにとどまれ、召し出すまでは世界と交わるな”との天の指図がありました」

 人生というものは、進化論的な発想で、偶然に生じた成り行き任せの代物ではなく、大いなるものが導いているのだという確信が内村を貫いている。

 その確信は新渡戸も同様であり、次のように語るのである。

 「それに加えて私は、ユダヤ教徒であろうとなかろうと、またキリスト教徒のみならず異教徒のすべての人びとや民族に、『旧約』と呼ばれている契約の書を神が作りたもうたと信ずる」

 つまり、日本は日本独自の『旧約』があるのだという自覚なのだ。いずれにしても、人生や歴史は偶然の積み重ねに過ぎないのだと受け止めるのか、大いなるものが導いているのだと受け止めるのか、コペルニクス的転換とはこのことを言うのではないだろうか。

 二つめは、「真の人間」になること、すなわち教育である。『武士道』では、教育に触れてこう記している。「教える者が知性ではなく品格を、頭脳ではなく魂を、ともに磨き発達させる素材として選んだとき、教師の仕事は神聖なる性質を帯びる。“私を生んだのは親である。私を人たらしめるのは教師である”との思いで教育が行われていたとき、教師の受けた尊敬は極めて高かった」と。新渡戸は確信していた。ヒトを人に変容できるのは教育のみであり、それは人間に宿る品格と魂という神のイコンを見つめることであることを。

 内村も『代表的日本人』で儒学者中江藤樹を紹介して、古きよき江戸期の教育を誇っている。

 「学校もあり教師もいたが、それは諸君の大いなる西洋に見られ、今日我が国でも模倣しているような学校教育とは全く違ったものである。まず、第一に、私どもは学校を知的修練の売り場とは決して考えなかった。修練を積めば生活費が稼げるようになるとの目的で、学校に行かされたのではなく、真の人間になるためだった。私どもはそれを真の人、君子と称した。英語で言うジェントルマンに近い」

 正(まさ)に、現代を予言していると思えるほどである。内村が糾弾した「模倣」「知的修練の売り場」「生活費が稼げる」は、華々しく現代教育の主役を演じている。30年前に教育界を風靡(ふうび)した「主体的学習」は「アクティブ・ラーニング」と看板だけを張り替え、大学の優秀さのアピールは就職率の高さに還元させて事足れりとする。「真の人間」を問うことなき教育は、この程度を行き来して、やがて人間力も国力も摩耗させていく。

消えゆく武士道の香り

 ところで、『武士道』の結びは、祈りにも似た次の言葉で閉じられている。「何世代かの後に、武士道の習慣や志が葬り去られ、その名前が忘れられたとしても、その香りは遠く離れた、どこか見えない山の彼方から一陣の風によって運ばれて来ることだろう」と。微(かす)かに香っていた武士道の香りが、いよいよ消え去る時代に入るのか、志ある人々が残り火に息を吹きかけて香りを豊かなものにするのか、我々と国家の生きざまが問われる時代に来ているのではないだろうか。

(かとう・たかし)