心配な非民主タイ 中国への傾斜が進むのか
今月中旬、アジアに響いた三つの爆発・砲撃音。
天津の超大爆発は、「経済発展の裏の人命軽視と情報統制」を露呈した。タイ・バンコクの爆弾テロは、犯行目的などまだ不明だが、親中国へ傾斜するタイ軍事政権が、ウイグル人難民を強制送還したことへの報復との見方も出ている。北朝鮮の対韓国砲撃は、危機を作って交渉する例の瀬戸際戦術だが、朝鮮半島が常に火薬地帯であることを改めて示した。
ここでタイを取り上げたい。どんなテロであれ、タイの現状が心配で首をかしげてしまうからである。米NGO「フリーダムハウス」の世界各国自由度調査では、タイは10~15年前は「自由の国」だったが、その後「部分的自由の国」を経て、昨年の軍クーデターの後、「自由のない国」へと2段階転落した。そんな国は世界でタイだけだ。
米国はクーデター後の軍事政権に、米タイ合同軍事演習への参加を縮減するなど、不快感を強く示した。予想通り、中国がその間隙に浸透し、中タイ関係は急進展した。その大きな打ち上げ花火が、タイ海軍が7月2日に発表した中国製潜水艦3隻(計約11億㌦)の購入決定だった。60年以上も潜水艦なし、しかも米国の兵器体系に慣れた国が……。
その1週間後、タイは、109人の密入国ウイグル人を中国に強制送還したと発表した。「中国は、拘束中のウイグル人全員の送還を求めてきた。それにはOKせず、トルコ籍と判明した181人はトルコに送った」と言う。だが、あくまで中国側の「難民でなく不法移民」との主張を受け入れたもので、国連機関や米政府から厳しく批判された。
6年前、カンボジアも中国の援助の見返りに、ウイグル人20人を強制送還したが、今回の政治的インパクトはずっと大きい。東南アジア諸国連合(ASEAN)の重鎮で、かつてその民主化の推進役と目された国が、“人身御供”を差し出し中国に擦り寄ったのである。
ただし、そのまた1週間後、タイは、潜水艦購入の最終決定を先延ばしすると発表した。さすがに対米関係の決定的悪化を恐れたのか。中国カードを手に、米国に軍事政権の既成事実を受容させようとの駆け引きかもしれない。嫌な駆け引きだ。
軍事政権は先週末、新憲法最終案を、任命制の国家改革評議会に、採決のため提出した。危機の際、政府、議会を超越した権限を持つ委員会の設置や、非議員の首相OKなど、議会制民主主義に逆行する規定が目立つ。
タイの民主主義・自由というと、30年以上前、私がバンコクに駐在した時代、暴力やテロ、汚職があふれていた南タイで、それにペンで立ち向かい、殺されたタイの地方記者たちを思い出す。
凶弾に倒れて死ぬ直前、枕元の仲間に「僕はもう死ぬだろうが悔いはない。君たちも真実の報道を護(まも)ってくれ」と言い遺(のこ)した青年記者がいた。社長兼記者の父親が殺された後を継いで、母親と娘が頑張っているミニ新聞もあった。
彼ら、自由の礎の血は、どこに流れて消えてしまったのか。それと共に、この国が親中国に突き進んだら、中国が南シナ海に力で進出しつつある現在、アジア全体の地政学、安全保障に、大きな影響を及ぼす。
そして、こうしたアジアの状況を横に置き、日本の安全保障関連法案は、「戦争法案」「違憲」「徴兵」といった野党と左派メディアのレッテル貼り作戦が奏功し、世論は「反対」が「賛成」を大きく引き離す。それにも首をかしげてしまう。
(元嘉悦大学教授)






