フィリピン南部でアブサヤフ掃討作戦

 フィリピン国内最大のイスラム武装勢力のモロ・イスラム解放戦線(MILF)と政府の和平枠組合意により、安定化しつつあるフィリピン南部情勢だが、その他のイスラム過激派や共産ゲリラなどの反政府勢力の活動は依然として続いており、現地の住民や企業、外国人滞在者にとって大きな脅威となっている。特にイスラム過激派のアブサヤフは、外国人などを狙った身代金目的の誘拐を繰り返しており、国軍が掃討作戦に力を入れている。(マニラ・福島純一)

依然続く反政府勢力の活動

誘拐や襲撃、氏族間抗争も

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アブサヤフが7月下旬に公開したとみられるビデオより。人質の 沿岸警備隊員2人とバランガイ議長とみられる人物が写っている

 スールー州で19日、国軍がアブサヤフに対して掃討作戦を行い、アブサヤフ構成員15人が死亡した。この戦闘の混乱を利用して、5月に北サンボアンガ州でアブサヤフに誘拐されていた2人の沿岸警備隊員が自力で脱出に成功し、国軍に無事に保護された。

 脱出した2人は、拉致されていた約4カ月の間、約200人のアブサヤフ構成員がいる拠点で食事の準備を強いられたほか、水や弾丸の運搬など雑用をさせられるなど奴隷のような扱いを受けたと証言。過酷な人質生活の実態が明らかとなった。2人の救出に関して国軍は、身代金の支払いはなかったと強調している。5月に沿岸警備隊の2人と一緒に誘拐されていたバランガイ議長は、8月11日に斬首されて殺害されているのが発見されており、これが今回の掃討作戦につながったとみられている。

 国軍は2人の救出後も、アブサヤフへの掃討作戦を継続しており、これまでに10人以上のアブサヤフ構成員の死亡を確認している。アブサヤフはミンダナオ島のほか、近隣のマレーシアなどで外国人を狙った誘拐を繰り返しており、現在もマレーシア人や韓国人の人質を保持し、その家族に高額な身代金の支払いを要求している。

 一方、ミンダナオ島中部のマギンダナオ州を中心に活動している反政府イスラム武装勢力、バンサモロ・イスラム自由戦士(BIFF)は、政府の掃討作戦や指導者の病死などにより弱体化が進んでいる。しかし最近では、非番で外出中の兵士を個別に襲撃するなど、戦術を変更して反政府活動を続けている。20日には、北コタバト州で、バイクで移動中の国軍兵士がBIFFの2人組に待ち伏せされて殺害された。

 ほかにも同じような手口で複数の兵士が殺害されており、現地の国軍指揮官は、兵士に単独で外出しないよう注意を呼び掛けている。BIFFはMILFの和平反対派が分離独立した過激派組織で、東南アジアのイスラム系テロ組織ジェマ・イスラミア(JI)との関連も指摘されている。

 またミンダナオ島で治安維持の大きな妨げとなっているのが「リド」と呼ばれる氏族間抗争だ。民間人同士の争いの場合もあるが、MILFなどイスラム勢力の構成員が絡むこともあり、大規模な戦闘に発展することも珍しくない。

 16日には、スルタンクダラット州で、MILFの二つの部隊同士が戦闘となり、7人が死亡する事件があった。警察によると、数週間前に起きた殺人事件の犯人を捜索するために現地を訪れた部隊が、事件への関与が疑われる部隊と交戦となり、約3000人の住人が避難する事態となった。リドにはイスラムの伝統的な価値観に根差した土地争いや、政治的な抗争などが複雑に絡み合っており、司法による解決を困難なものにしている。

 一方、ミンダナオ島の東部や南部では、フィリピン共産党の軍事部門である新人民軍(NPA)が活発な反政府活動を続けている。NPAの活動の中心は、警察署などの襲撃のほか、活動費を得るための企業への恐喝行為だ。勢力地域にある農園や鉱山会社、政府のインフラ事業に関わる建設会社などを襲撃し「革命税」を徴収するのが彼らの手口。特に外国資本の企業を狙う傾向がある。

 4日には南コタバト州で、バナナ農園を襲撃しようとしたNPAとパトロール中の国軍部隊が戦闘となり、兵士5人が負傷、農園の警備員1人が死亡した。7日にも北コタバト州キダパワン市で、NPAがバナナ農園を襲撃し、従業員2人が負傷した。いずれも革命税の支払いを拒否したことに対する報復とみられている。

 フィリピン南部では、MILFとの和平交渉が進展する一方で、これらの問題が依然として横たわっている。地域の安定化には、政府のさらなる取り組みが求められる。