自立心とモラルの低下 北海道で感じた教育の不安

笑えぬ「ヤッカイドー」

 過日、札幌の大丸デパートの6階休憩所で一服していると、隣りのテーブルの席に座っていた年配の婦人が寄って来て、2~3分世間話をしたあと、「北海道はヤッカイドーと呼ばれていると夫が話していました」と言った言葉が妙に頭に残っている。

 道東でお役所勤めをしていた夫君はすでに亡くなっていたが、生前、地域のための施設を建設するために走り回っていた頃、仕事で知り合った知人が勤める本州の大手企業に資金援助を求めて会社訪問したときに出た言葉。大人同士の冗談話であろう。地方に自立の力が足りなければ、国や企業を頼るしかない。

 また、かつて長男が東京にある音楽大学の学生だった頃、札幌に帰ったときに呟(つぶや)いた。「北海道はマナーが悪いなぁ」。この一言も、母親の私は忘れることができない。

 若者が都会に出て休日に帰郷するとき、都会との印象を、ポツリと口にしたその言葉も郷土を思うからこそ出た言葉だろう。

 間もなく私自身も電車や街を歩く若者たちの様子を見て、それを実感してしまった。

 電車の中でパンを頬張る娘、化粧道具を出し眉まで剃り出す女性たち。私が女で母親でもあるせいか、若い女性に注意が向いてしまった。

 “ヤッカイドー”と聞いたとき、笑ってしまった私だが、笑ってばかりもいられない気もした。

 なぜ他県の人が北海道を“ヤッカイドー”と見るのか。仕事をする中で、“どさんこ”を見て“ヤッカイ者”と見るのか、または知力、気力、体力を見て、他県に劣る故なのか。思うに、他県が稼いだ税金を費やしてきた開拓百数十年、今に至るまで未(いま)だに自立・独立心が少ない道民の心の貧しさに洩らした言葉だったのだろう。

 無知ほど怖いものはない。無知故に礼も知らず、マナーを失い、悪口さえも理解しない。

 以前から道民のレベルが教育の悪化によって落ちていることを私は知っていた。それが学力やマナーだけでなく、自立人間になっていないことなのだと私は納得した。

 北の大地の開拓に燃えた父祖の人々が北海道に入植し、荒れ地を開き樹木や米麦を植え、家を建て子や孫を産み、育ててきた。ロウソクやランプを灯(とも)し、やがて電気を引き、明るい光の下で家族が喜び合ったのも、僅か数十年前である。

 わが家は祖父母の代からキリスト教徒だが、札幌農学校で知られるクラーク博士や新渡戸稲造、内村鑑三らからの開拓地での精神的な影響もあったのであろう。

 さらに先祖をさかのぼれば赤穂の浪士や、京都の公家にもたどり着く。大和民族をまとめる魂は天皇を中心とする政(まつりごと)と天地を鎮める社と赤い鳥居、すなわち民族古来の神道だった。

 ところが、かつての伝統を受け継いだ教育が戦争に利用され、それが戦後は様変わりした。3年8カ月の世界大戦の敗北で、一気に国内の様子が変わった。戦争の最後に中立条約を破って参戦したソ連による日本の共産化政策で、教育とメディアが共産主義に犯された。

「聖職」精神なくし荒廃

 戦後、教育は政治に利用された。「聖職」の教師が「労働者」と化し、政党を支援し政治に介入してきた。教育界が荒廃し、子供たちはモラル、マナーを知らない若者になっていた。日本古来の精神世界が、共産主義に影響された日教組の教育現場の運動で排除され、道徳も教えられず、子供たちの心は唯物主義に占められて暴力やいじめで荒(すさ)んだ。

 かつて教師だった頃に、同僚教師らの「労働者」に成り切った無責任さに、将来の不安を持ったのは事実だった。その不安が「ヤッカイドー」に現れたのだと思う。ブレア元英首相の言葉を改めて繰り返す。「国政は一に教育、二に教育、三に教育だ」。