翁長雄志沖縄県知事の3度目の訪米

《 沖 縄 時 評 》

副知事辞任など難問にふた、「辺野古」万策尽き米国頼み

 翁長雄志沖縄県知事とオール沖縄会議の訪米団(団長・呉屋守將共同代表)が1月30日夕、普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設阻止を米政府に訴えるため、ワシントンに向け那覇空港を出発した。

翁長雄志沖縄県知事の3度目の訪米

米共和党のバラデオ下院議員(左)と会談する翁長雄志沖縄県知事(右)=1日、ワシントン(沖縄県提供)

 知事は就任以来3回目の訪米で、トランプ米大統領の誕生を機に在沖米軍基地政策の見直しを米政府に直訴する考えだ。しかし、国務、国防総省の米政府幹部との会談を打診したが、マティス国防長官が2月3日から東京を訪問することもあり、日程的に調整が困難だという。

 今回の訪米は最悪のタイミングというのが大方の見方であり、昨年末から今年にかけて翁長知事周辺に多くの問題が噴出。まるで何かに追われるように敵前逃亡しているようだと、訪米を批判する声も多い。知事の訪米を伝える沖縄2紙の報道は、2015年の初回の訪米時に比べ、非常に寂しいものであった。

◆タイムスさえ疑問視

 知事の出発翌日の31日付沖縄タイムスは、2面で「知事訪米 基地問題訴え」と、大見出しで飾ったものの、社会面では「知事訪米 期待と疑問」と、知事の訪米に疑念を呈し、「行ってどんな人にあえるかも分からず無意味に感じる」との60代の男性のコメントを紹介するなど、この時期の知事の訪米に対し、どの記事にも否定的表現が目立った。ほとんどの県民は、この60代男性と同じく悪いタイミングの知事の訪米だと感じただろう。

 知事の訪米に疑念を呈したのは一般県民だけではない。これまで知事批判を封印してきた沖縄タイムスも1月17日付社説で、トランプ政権について「国防長官には、『狂犬』の異名を取る元海兵隊大将のジェームズ・マティス氏が指名された」と述べ、さらに国土安全保障省の長官ら、複数の安全保障関連の幹部を元軍人で固めたトランプ政権に対し、知事が「辺野古移設阻止」を訴えることの困難さを指摘。「海兵隊の沖縄での既得権を守ろうとする米側の圧力が強まる恐れがある」と翁長知事訪米の不利な状況を述べている。

 知事訪米を取り巻く環境が、過去2回の訪米よりも厳しいのは、軍人で固めたトランプ政権の誕生だけではない。辺野古訴訟の最高裁判決で県が敗訴し、埋め立て工事が本格的に始まる最悪のタイミングでもある。

 しかも、腹心の部下の安慶田光男副知事が教員採用の口利きと教員の人事介入疑惑で唐突に辞任し、内部告発をした諸見里明前教育長を刑事告訴・民事提訴するという前代未聞の出来事に、県庁内に激震が走っている最中の訪米である。県庁内には「物見遊山している場合ではない」との声も上がったと聞く。

 15年の知事の訪米行脚のとき、奇(く)しくも筆者は本紙の「沖縄時評」を執筆した。当時の記事を振り返ってみると、タイトルが「翁長知事訪米は大失敗」で、副題は「米側から事実上の門前払い/成果は地元紙“印象”報道」とあり、沖縄タイムスの、あたかも出発前から訪米の成功を約束されたような報道とは正反対の内容であった。その冒頭部分を抜粋する。

 〈見送りのため那覇空港に詰め掛けた市民らとガンバロー三唱で気勢を上げるかりゆしウエアの翁長雄志知事一行の姿は、訪米行動は出発前に既に成功したかのような印象を見る人に与えた。翌28日の沖縄タイムスには、「訪米団『必ず成果』」、「拍手沸く空港『県民が付いている』」、「民意背に知事自信」などの大見出しが乱舞、出発前から既に「勝利」を勝ち取ったかのような印象を与えた。(15/6/5)〉

◆追及強まり敵前逃亡

 出発前の知事は最高裁敗訴を受け「埋め立て取り消し」を取り消すという自身の逆風の他に、知事の片腕といわれた安慶田氏の突然の辞任という逆風も吹いた。

 安慶田氏は翁長知事の水面下の交渉を一手に引き受けていたといわれ、唐突な辞任と、告発者に対する刑事告訴劇は、これまで安慶田氏との二人三脚で政府との交渉を乗り切ってきた知事には青天の霹靂(へきれき)であり、副知事辞任の打撃は大きい。

 沖縄タイムス社説が指摘するまでもなく、誰が考えても過去2回の訪米より条件が悪いこの時期に、翁長知事がまるで何者からか逃げるように訪米した理由は何か。それは、これまで知事が言い繕ってきた矛盾まみれの言動に、県民や新聞の追及の目が厳しくなってきたからだ。

 知事が発した数多くの文言の中から代表的なものを一つ挙げると、最高裁判断に従い、「埋め立て取り消し」を、取り下げておきながら、「あらゆる手段で辺野古移設を阻止する」と公言していることだ。知事の「取り消し取り下げ」により、時が13年12月の仲井真前知事の埋め立て承認の時点に逆戻りしたわけだが、その時点から翁長知事の取るべき手段は「取り消し」か「撤回」かで議論が分かれていた。

 年が明け、新年のあいさつで翁長知事は、辺野古移設について「あらゆる手段で阻止」すると繰り返してはいたが、1カ月過ぎても具体的手法に言及することはなかった。

◆進むも退くも地獄

 知事の「あらゆる手段」とは決め手になる「手段がない」に等しいが、あえて想定できる手段を挙げるとおおむね次の3件に分類できる。

 一つ目は「工事設計変更」「サンゴ移植」「岩礁破砕」という知事権限の行使を念頭に置く。つまり政府が申請をしてきても、許可や承認を拒否することで移設工事を遅らせたり、阻止したりする。二つ目は埋め立て承認の「撤回」と県民投票。そして、三つ目は米国政府への直訴である。

 知事権限のうち設計変更について政府は申請をしないことで無力化する案が有力だし、埋め立て区域のサンゴを移植する際には知事の許可が必要になるが、これについても政府は許可を得なくても当面の工事を進められる方策を検討している。

 仮に知事権限が効力を発したとしても、あくまでも工事の遅延にすぎず、廃止には持ち込めない。政府が代執行訴訟に踏み切れば、一瞬にして工事は再開されるからだ。

 次に「撤回」は、新垣勉弁護士や元裁判官の仲宗根勇氏が主張している手法だが、最高裁が適法と判断した埋め立て承認を、県民投票を盾に「撤回」することが可能という主張は、到底、法律の専門家の論とは考えにくい。だが、法律の専門家として紙面を飾る2人の意見は、沖縄2紙や県民の意志として連日、翁長知事に「撤回」の実行を迫っていた。

 1月20日付沖縄タイムスは、第2社会面トップを「辺野古最高裁判決一カ月」と題する特集記事を「次の一手重い交錯」との大見出しで飾り、県民の「やきもき」した気持ちを「承認撤回か住民投票か」として、知事に決断を迫っている。

 知事の弁護士団も、「撤回」については検討済みと思われるが、外野席で実行を迫る新垣勉弁護士ら法律の専門家と異なり、成功率の少ない「撤回」を県民負担の大きい県民投票と同時に進行することに疑問を持ち、結論が出せない状況での米国行脚だと思われる。

 知事が口癖のように叫ぶ「あらゆる手段」はいずれも決め手に欠けるが、その中でも最も成功率の低い「米国政府への直訴」を実行し、逆風から逃げた翁長知事。自国の政府を説得できず、「撤回」さえせず、手ぶらで訪米して、米国政府への直訴が成功するとでも思っているのだろうか。知事一行の行く手には一体何が待っているのか。進むも地獄退くも地獄、というのが知事の偽らざる心境だろう。

コラムニスト 江崎 孝