トランプ米政権、南シナ海の「海上封鎖」否定せず

 トランプ米大統領が国務長官に指名したレックス・ティラーソン氏が、南シナ海で軍事拠点化を進める中国の人工島への接近を阻止する「海上封鎖」を示唆したことが注目を集めている。通商問題などで譲歩を引き出すために強い姿勢を示しているとの見方もある一方で、米政権は海上封鎖を否定しておらず、アジア太平洋地域の安全保障は先が見通せない状況が続いている。(ワシントン・岩城喜之)

先行き見通せぬアジア安保
中国との通商交渉で譲歩引き出す手法か

 「中国に対し、まず人工島の造成を中止し、第二にこれらの島への接近は認められないという明確なシグナルを送らなければならない」

ティラーソン

上院外交委員会の公聴会で南シナ海の「海上封鎖」を示唆したティラーソン氏(UPI)

 先月11日の上院外交委員会の指名承認公聴会でティラーソン氏はこう強調し、南シナ海で中国に対して強い姿勢で臨む必要があるとの認識を示した。

 米メディアはティラーソン氏の発言について、南シナ海の「海上封鎖」を意味すると報道。「もし実施すれば軍事衝突につながりかねない」などと伝えた。

 米国の海上封鎖としては1962年に実施されたものが有名だ。ソ連がキューバにミサイルを配備したことに危機感を持った米国がカリブ海を封鎖。米ソの緊張が一気に高まり「キューバ危機」にまでなった。

 トランプ政権には国家通商会議(NTC)トップのピーター・ナバロ氏を中心に対中強硬派が多いが、これまで海上封鎖に触れた高官はいなかった。このため、メディアの中にはティラーソン氏が誤って口を滑らせたとの見方も多くあった。

 ところが先月23日、スパイサー大統領報道官は海上封鎖発言に同意するかと問われ、「これらの島が実際に中国の領海ではなく公海にあるかどうかが問題で、もしそうなら一国が国際水域を支配する行為を阻止する」と強調。具体的措置には触れなかったものの、海上封鎖を含めた軍事力行使を否定しなかったことから、「ティラーソン氏の発言を補強したと解釈されている」(ワシントン・ポスト紙)。

 米保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ政策研究所のマイケル・オースリン日本部長は、ティラーソン、スパイサー両氏の発言について「新政権が中国の人工島への接近阻止を検討していることを示している」と指摘。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も「トランプ大統領が早い段階で何らかの行動を起こす可能性が高い」とのアジア専門家の見方を伝えた。

 トランプ政権には、オバマ前政権が南シナ海で「航行の自由」作戦を実施したものの、それ以上の措置を取らなかったことから人工島の軍事拠点化を食い止められなかったとの考えがある。このため、中国に対して強い姿勢を示さなければ南シナ海支配を完全に許してしまうとの危惧がある。海上封鎖を示唆したのも、実施するかどうかは別として中国の動きを強く牽制(けんせい)したものとみられている。

 一方、米海軍大学のジェームズ・クラスカ教授は、海上封鎖の必要性を強く訴えている。同教授は下院軍事委員会の公聴会で「中国に(国連海洋法条約など)国際法の義務を順守させるため、米国は法的な対抗手段として中国の人工島への接近阻止に取り組まなければならない」と主張し、早期に海上封鎖を実施するよう求めた。

 ただ、トランプ政権が南シナ海問題で強硬姿勢を続けているのは、通商・貿易で有利な条件を引き出すビジネス流の手法だとの指摘もある。トランプ氏が米メディアとのインタビューで、中国本土と台湾は不可分とする「一つの中国」は条件付きだと述べたことも、そうした見方を強めている。

 大手シンクタンク、ヘリテージ財団のディーン・チェン主任研究員はロイター通信に対して、ティラーソン氏らが海上封鎖の具体的な方法について述べていない点を挙げ、「軍事的措置ではなく経済的な対策を講じる可能性を残している」と強調した。

 ただ、政治家経験のないトランプ氏の外交政策は専門家でも先を見通すのが難しい。WSJ紙は「米中間で貿易戦争が始まる可能性が高いが、それが実際の戦争に発展しないことを(アジア太平洋地域の)各国は願うしかない」と指摘している。