最高裁判決を受けて、辺野古埋め立てを承認

翁長沖縄県知事、“公約違反”で求心力に衰え

 米軍の北部訓練場(国頭村、東村)の約半分が返還された。沖縄県の翁長雄志知事は返還式典を欠席、米海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイの配備撤回集会に参加、普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古沖への移設の断固阻止を誓った。しかし、移設をめぐる国との訴訟の最高裁判決を受けて、埋め立て承認の取り消し処分を撤回した翁長氏の求心力は急速に低下している。(那覇支局・豊田 剛)

革新系の反基地集会に参加

「岩礁破砕許可」権限等で妨害も

最高裁判決を受けて、辺野古埋め立てを承認

オスプレイ配備撤回を求める集会に参加した翁長雄志知事(右端)と沖縄選出の革新系国会議員=22日夜、名護市の21世紀の森体育館

 翁長知事は26日、判決に従い、前任の仲井真弘多知事が認めたキャンプ・シュワブ(名護市辺野古)沖の埋め立て承認の取り消しを撤回した。県当局は取り消し処分を取り消した文書を沖縄防衛局に送付。その中に、埋め立て工事の施工前に事前協議を求めるという趣旨の通知書も同封した。政府は27日、辺野古沖の埋め立て工事を再開した。

 26日、県庁には辺野古移設に反対する活動家らが集まり、「知事は取り消しを撤回すべきではない」と抗議した。

 20日夜、判決を受けて県庁で記者会見を開いた翁長氏は「県民の理解が得られない『新基地』建設を進めることは絶対に許されない」と強い口調で語り、「今後も県民とともに、辺野古に『新基地』をつくらせないという公約実現に向け、全力で取り組んでいく」と訴えていたところだった。「翁長知事を信じている」と言葉少なに語った女性は自信たっぷりには見えなかった。

 米海兵隊最大規模のジャングル訓練場がある北部訓練場の約7500㌶のうち、4000㌶が22日、返還されたが、それに伴いヘリ離発着場(ヘリパッド)が新たに建設された。「ヘリパッド建設は認めない」という選挙公約を破る結果になった翁長氏はすでに厳しい立場に立たされていた。

 22日、戦後最大規模の米軍施設の返還を祝う式典が名護市で開催されたが、翁長氏は不在だった。返還式典には菅義偉官房長官、稲田朋美防衛相、キャロライン・ケネディ駐日米大使ら日米の高官が多く参加した。北部訓練場を抱える国頭村の宮城久和村長、東村の伊集盛久村長、そして、東村高江区の区長が出席した。

 一方、県からは県知事をはじめ、県職員は一人も出席しなかった。県議会では議長をはじめ与党の革新系と公明党も欠席した。翁長氏は日米の高官と会談の場すら設定しなかった。これは国に対する“宣戦布告”とも受け止められる。

最高裁判決を受けて、辺野古埋め立てを承認

集会には主催者発表で4200人集まった=22日夜、名護市の21世紀の森体育館

 自民党県連の幹部は、「戦後、最大規模の米軍基地が返還されるという歴史的なイベントに参加しない神経が理解できない。その代わり、返還の阻害要因ともなっている革新勢力の大会に参加するとは言語道断」と憤った。

 もう一人の自民党県議は、「マスコミ向けには『ヘリパッド容認』と言わないが、補助金を受け取り、式典に参加した高江区長の方が断然、大人の対応をしている。菅官房長官にも言うべきことをちゃんと言っている」と評価。翁長氏の「器の小ささ」を批判した。

 翁長氏が向かった先は、同じ名護市の体育館で開かれた反基地集会だ。翁長知事を支持する「オール沖縄県民会議」がオスプレイの事故を受けて、意図的に返還式典と同じ日にぶつけてきたのだ。

 革新系労組の幟(のぼり)が乱立する会場に大歓声で迎えられた翁長氏は、「(辺野古沖の埋め立ては)法令にのっとり厳正に審査し、承認変更などの要件も判断する。日米両政府が『新基地』建設を断念するまで戦い抜くと信じている」と述べた。

 今後、年度末に許可期限を迎える「岩礁破砕許可」、埋め立て予定区域に生息するサンゴを移植するための「特別採捕許可」、工事を進める上で必要な複数の設計概要の変更申請の三つの知事権限を使って埋め立て工事を妨げることが予想される。

 ただ、翁長氏は那覇空港の第2滑走路の埋め立て工事をすでに承認している。埋め立て面積は辺野古よりも広い。那覇軍港の浦添沖への移設に伴う埋め立て工事も阻止する様子はない。埋め立て方針の整合性が問われ、職権乱用と非難されかねない。