他力本願の防衛転換点に
岐阜女子大特別客員教授 矢野義昭氏に聞く
日米新ガイドラインでは、日本が他国の攻撃を受けた時には、まず自衛隊が主体的に作戦を実施し、それを米軍が支援および補完すると明記されているが、これをどう捉えたらいいか。
米国の大きな戦略転換がある。それによって新ガイドラインができた。その新ガイドラインを実効性あるものとするために、平和安保法制が制定されたとみるべきではないか。限定的な集団的自衛権の行使容認もそういう流れの中で出てきたものだ。ガイドラインの一番大きな変化は、私は前方防衛態勢の見直しだと思う。米国としては前方防衛はできなくなってきている。特にトランプ氏は、日本に対して、日米安保条約は片務条約でアンフェアだと言っている。防衛はまず自らやれと言っているのだ。
しかし、日本は世界最大の比率で米軍の駐留費の負担をしているし、提供している基地や施設は極めて重要だと思われるが。
その通りだが、それでもお金の問題と血を流す問題は次元が違う。他の同盟国、例えば、韓国とは相互に血を流すという関係になっている。
いま日本は75%近い法的範囲のぎりぎりまで駐留経費を負担している。これ以上の増額は無理だ。日本が米国に対して貢献できるのは、軍事先端技術の共同研究開発や民生分野も含めた生産面での協力だ。それから武器の相互運用性を高めたり、日本の施設を米軍と自衛隊が共同で使用したり、統合共同訓練をさらに深化させる。そういうことで、日米関係はさらに深化していくと思う。単にお金を出せという話ではなく、その裏には第3のオフセット(相殺)戦略で日本の力を借りたいという思いがある。
単に日本も血を流せという話ではないということか。
そうだ。ただし日米同盟の片務性を解消せよという要求も底流にあるのは間違いない。なぜかというと、米国は9・11以来ずっとテロとの戦いをやっていて、大量の傷病兵の医療やその家族支援などの社会保障のために、将来的に発生する費用が約3兆ドルという莫大な額になるといわれている。他方で20兆㌦の財政赤字があるので、装備品の研究開発や調達に掛けられる費用は今後10年間で5500億㌦くらいしかない。だから、重点指向しないと戦力構造を維持できないのだ。
トランプ氏は、ロシアの影響圏を認め、プーチン大統領との話し合いで緊張緩和の方向に転換しようとしている。しかし、だからといってアジア太平洋に重点転換できるかというと、それもできない。
グローバルストライクと第3のオフセット戦略がこれから米国の戦略の基本になっていく。そうするとアジア太平洋でも前方防衛は後退していき、日本は自立化を迫られる。その状況で日本は日米同盟の片務性を何らかの形で解消していかないと、米国のコミットメントはそれを口実にして後退していく危険性がある。
日本は技術面での貢献が一番期待されているのだが、防衛費もかなり増額し、自衛隊員の数も増やして、自立防衛の態勢を取らないと、米国との関係も悪くなる可能性がある。しかし、これは米国との間の問題というよりも、日本自身の問題である。核の抑止力も含めて、米国の打撃力、反撃力に委ねて国土を守るという発想は通用しなくなりつつあるということだ。新ガイドラインでそれまでの日本防衛の前提がひっくり返ってしまった。日本自身でどうやって中国や北朝鮮に対する抑止力を維持するのかが、いま問われているのである。
日本が主体的に国土防衛を担うにしても、米軍の来援は必要不可欠だ。
有事の際の米国の日本への来援は、米国戦略予算評価センター(CSBA)というシンクタンクに聞いた話では、エアシーバトルの構想を前提にした場合、1カ月半くらいかかるということだ。
中国は短期戦で勝利するという戦略を追求しているが、中国のいう短期というのは3カ月だ。その意味では1カ月半は短いと言えば、言える。しかし、日本としては1カ月半も戦える態勢にはないから耐えられない。
日本はまず、ミサイル、特殊部隊などの集中攻撃から生き残る能力、抗堪性がない。退避するシェルターがない。継戦能力はさらにない。まず予備役制度が弱く、予備自衛官の定員は4万7900人だ。砲弾、銃弾がない。ミサイルの数も足らない。少なくとも米軍来援までは、日本が独力で戦うことができる態勢づくりが急務だ。
(聞き手=政治部・小松勝彦)