日米同盟軸に中国包囲網形成へ
岐阜女子大特別客員教授 矢野義昭氏に聞く
中国による尖閣諸島侵攻の危険性が高まっているという指摘もあるが。
中国の人民解放軍は、共産党の軍であって国軍ではない。党軍事委員会主席でもある習近平国家主席が、全軍の指揮権、統率権を握っている。その主席は、強軍にしろ、戦える軍にしろと号令をかけている。そして、主権の護持、特に領土の無欠性を死守せよと命じている。
中国は、領土に「核心的利益」が含まれているとし、核心的利益には新疆やチベット、台湾が挙げられていた。それが、今では南シナ海、尖閣も入っている。だから、軍の最優先の任務として、尖閣の奪取をやらなければならない。人民解放軍は、台湾併合とともに、そのための態勢作りを着々と進めている。中国の尖閣侵攻は必ずやる。時間の問題だ。
米大統領選期間中は静観していたが、トランプ次期政権の出方を見るために、尖閣や南シナ海で軍事挑発をエスカレートさせる可能性は。
大いにある。事実、中国海軍の艦艇が南シナ海の公海で15日に、米海軍海洋調査船の無人潜水機を奪取した。これは、台湾の蔡英文総統との電話会談や、「一つの中国」を否定する発言など、トランプ氏が対中強硬姿勢を強めているのを牽制(けんせい)する狙いがあり、早くも米中関係は緊張が高まっている。
オバマ政権の時は、ロシアが第一の敵で、中国には手ごごろを加えていた。南シナ海の人工島造成についても、監視衛星で2年前から分かっていたのに放置した。南シナ海はすでに中国の海になってしまっていて、中国に原状復帰させる気配もないし、アリバイ作りのように時々「航行の自由作戦」を実施しているだけだ。これに対し、トランプ氏は、中国の南シナ海の軍事拠点化を「米国の了解を得たのか」と、容認しない姿勢を明確にしている。オバマ政権とは逆に、ロシアとは関係を融和して、アジア太平洋の対中正面に対して、かなりの軍事的圧力をかけると見ている。
トランプ政権は中国に対してどのような圧力をかけるとみるか。
中国との通商問題ともリンクした軍事的圧力だ。米国はまず、通商問題で中国に対して圧力を加える。これに対して中国が反発し、軍事力を増強して、露骨に南シナ海、台湾、東シナ海で覇権拡大の動きをした場合、当然、これに対して正面から対抗する。国防費を増額して、海軍力を増強、軍需産業を振興させる。冷戦時、ソ連と軍拡競争をして破り体制崩壊に追い込んだレーガン政権の戦略と同じようなことを、トランプ政権は中国に仕掛けようとしている、と私は見ている。
そして、日米同盟を強化し、台湾に対する軍事援助、インド、オーストラリアとの連携を強めて、対中防衛包囲網を形成する。その場合、米国は表に立たずに、第一線に就くのはあくまでも同盟国自身だ。米国からすれば一番合理的なやり方だが、矢面に立つ同盟国にすればたまったものではないかもしれない。しかし、米国を中核として同盟諸国が固く連携した防衛体制を構築しなければ中国の膨張圧力は止められない。
最終段階では、米中の直接対決はあるだろうか。
一部にそういうシナリオもあるが、私は米中両国は直接対決しないと思う。理由は二つある。一つは核の問題。核戦力では両国はパリティー(等価)に近い。米中が核攻撃の応酬をした時の損害は、中国が先制したケースでは、米側の被害は4000万~5000万人で中国の2600万人の2倍になるという報告がある。なぜそうなるかというと、中国の核弾頭はメガトン級で大きいのに対し、米国の弾頭が500㌔㌧くらいの小型が多い。というのは、米国は軍事目標だけ叩(たた)くように作った。ところが、中国は対都市攻撃用で、相手国に甚大な人的被害を与える能力を持たせることで抑止力を維持するという考え方だ。中国は先制攻撃はしないと言っているが、人的被害では米側が不利なので、核の応酬はできない。
それでは通常戦力ではどうかというと、洋上区域では、米国の海空戦力は今でも優位にあるが、米軍がまとまった地上部隊を北京や内陸部に送り込むことはできない。テロとの戦いで何万という傷病兵をかかえ、彼らのケアをするだけで財政が破綻状態に近い。これ以上、大量の傷病兵を出すような地上戦はもうできない。だから、海空軍は来援するかもしれないが、陸軍地上部隊は来ないという状況を想定した上で、日本の防衛戦略を考えないといけないのである。
(聞き手=政治部・小松勝彦)