米抑止力低下で前方防衛に空白

トランプ・ショック 再考・日本の国防(2)

岐阜女子大特別客員教授 矢野義昭氏に聞く

 

トランプ氏のアジア太平洋地域における戦略をどう占うか。

800

グアムのアンダーセン米空軍基地を飛び立つ手前からB52、B1、B2の各戦略爆撃機=8月17日(米空軍提供/UPI)

 誰とでも話に応じると言っているが、外交交渉ですべての物事を進めたり、孤立主義を取って対外的な介入を完全にやめることはないと思う。なぜならば、軍事力は最終手段と言いながら、政権スタッフに明らかに非対称戦のエキスパートをそろえているからだ。

 そして、国際ルールの違反にはきちんと懲罰を加えると思う。例えば、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長とも話はすると言っているが、会談しても核・ミサイル開発を止めなければ制裁を科すだろう。中国の不公正な片貿易や為替操作についても対抗策を講ずるだろう。いずれの場合も米中間に緊張が生じ、安全保障面での問題が発生する可能性も大きい。その影響が一番大きく及ぶのが日本と台湾、東南アジアだろう。

 

なぜ日本および周辺国に最も影響が及ぶとみているのか。

 中国は、九州から沖縄、台湾、フィリピンを結ぶラインを第1列島線として、A2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略のもと、有事に米軍の空母打撃群の進出を阻止するために、域内を核・非核の弾道ミサイルや巡航ミサイルの射程の中に入れて濃密なミサイル網で覆っている。

 米国の空母はこの中国のミサイルの脅威にさらされ前方防衛態勢が揺らいでいる。そこで韓国、日本に展開している米軍はいったん後方に退いて、海空軍を中心にした統合戦力によって海空優勢を奪還した後、反撃して、航行の自由を回復するといういわゆるエアシーバトル構想を描いている。

 いずれにしても米国は前方防衛ができなくなる。そうなると、今まで前方防衛の駐留米軍の抑止能力に期待していた日本や韓国、東南アジア諸国は、抑止力が大幅に低下することになる。中国は、米国との対立を機会にこの力の空白を突いてくるはずだ。

 

米国の抑止力低下は、日本にどのような形で現れているのか。

 米軍の抑止力の低下には、核の抑止力の低下と通常戦力の抑止力の低下の二つがある。そのうち通常戦力の問題でいうと、例えば沖縄に駐留する海兵隊は今、ローテーション配備を行っていて、その主力の3分の2はオーストラリア、グアムに下がっている。なぜかというと、沖縄はあまりにも中国大陸に近過ぎて危険だからだ。中国、ロシア、北朝鮮の核ミサイルに狙われていて、もう守り切れない。しかも軍の集中密度が高過ぎる。

 それでグアムに退いて拠点にしている。グアムとインド洋の真ん中にある島、ディエゴガルシア、イギリス、アラスカ、そして米本土。米本土とこの4カ所の海外基地があれば超音速ステルス爆撃機B2で世界中の陸地を1時間以内に精密爆撃できる。これをグローバルストライク戦略という。だから、米国は何もわざわざ危険を冒して、前方の横田や嘉手納、韓国に戦力を置いておく必要はないと考えている。

 

米軍にとって沖縄の基地の重要性も薄らいでいるということか。

 そうだ。その証拠に沖縄は航空基地に掩体壕(えんたいごう)を掘るなどの基地強化はしていない。一方、アジア太平洋における米軍展開の最重要拠点であるグアムは完全に要塞(ようさい)化している。掩体壕を掘り、航空基地を分散している。海軍の原子力潜水艦は横穴を掘って、地下基地化している。そうして、核攻撃に耐えられる態勢づくりをしている。

 

中国の対艦弾道ミサイルは、米軍に戦略変更を強いるほどの脅威なのだろうか。

 一番大きな問題は、米国は空母の安全を確保できなくなっていることだ。中国にはDF-21Dという射程が約1700㌔の通常弾頭の中距離弾道ミサイルがある。弾道ミサイルは移動している目標に対して命中させるのは、今の技術では難しい。大気圏に再突入して、それからわずか数秒間で命中させるということはできない。ところが、このDF-21Dは弾頭に約1000個の子弾があり、炸裂(さくれつ)すると半径数百㍍のエリアを破壊し尽くす。戦術核と同じような威力がある。これを数十発集中攻撃されるとイージス艦の撃ち漏らしも出てくる。これで空母が攻撃されると、本体は大きなダメージを受けなくても、レーダー、航空機、人員が損傷を受ける。そうすると機能が低下し、潜水艦の餌食になる。だから、空母といえどもそう簡単に行動できなくなっている。この対艦弾道ミサイルが中国のA2/AD戦略の要になっている。

(聞き手=政治部・小松勝彦)