再考・日本の国防 対テロ戦見据えた軍事プロ抜擢

トランプ・ショック 再考・日本の国防(1)

岐阜女子大特別客員教授 矢野義昭氏に聞く

 トランプ次期米大統領は、日米同盟の片務性を批判し、日本の核武装にも言及するなど、わが国の防衛論議に大きな一石を投じた。中国による尖閣諸島への侵攻の懸念も指摘される中、核・ミサイル問題、情報戦など安全保障を専門とする岐阜女子大特別客員教授の矢野義昭氏に今後の日米軍事戦略の展望を聞いた。(聞き手=政治部・小松勝彦)

トランプ次期米大統領は安全保障ポストに軍出身者を指名したが、この人事についてどう評価するか。

矢野義昭

 やの・よしあき 昭和47年、京都大工学部卒。49年同大文学部卒、陸上自衛隊入隊。第1師団副師団長、小平学校副校長などを歴任。平成18年、退官(陸将補)後、拓殖大客員教授などを歴任。著書に『日本はすでに北朝鮮核ミサイル200基の射程下にある』(光人社)など多数。

 国防長官に指名されたジェームズ・マティス氏は、海兵隊の退役大将、元中央軍司令官で中東情勢に詳しく、実戦経験も豊富だ。戦争の様相や特殊作戦、情報の重要性、対テロ作戦について熟知した人だ。一方、安全保障担当の大統領補佐官のマイケル・フリン元国防総省情報局長官も、やはり特殊作戦や情報戦、それからサイバー、IT関係に詳しい。

 トランプ氏は、ブッシュ政権がやったような保守強硬派の安易な軍事介入、また、オバマ、クリントン両氏が主張する民主党の理想主義的介入主義、そのいずれにも反対している。

 軍事力の行使はもっと慎重であるべきで、最後の手段だと言っている。できるだけ外交手段や経済制裁によって問題解決すべきで、どのような相手とも話し合いはできるし、北朝鮮の金正恩、イランとも話し合いをすると明言している。これは彼自身の実業家としての交渉の経験で培われた信条だと思う。軍事のエキスパートを国防長官に指名した人事は興味深い。

 

トランプ氏は「米国第一主義」を掲げ、その内向き志向により世界の平和と安定が損なわれるのではとの懸念もあるが。

 彼は単なる孤立主義者ではない。9・11以来、オーバーコミットメントしてすでに6兆㌦も使ってきたテロとの戦いはできる限り早期に切り上げて、国内経済を再建すべきだというのが基本方針だ。

 彼は軍については非常に高く評価していて、軍事費を増強させると明言している。オバマ政権で、いわゆるオバマケアにより財政赤字が約20兆㌦近くに膨れ上がっているが、国防費の削減には反対している。逆に、国内の軍需産業を強化し経済立て直しの柱にしようとしている。

軍事戦略はどのように展望しているのだろうか。

 現在の米軍の戦略は、第3のオフセット(相殺)戦略というものである。

 第1のオフセット戦略は、冷戦の初期、ソ連の圧倒的な通常戦力に対し、米国は核戦力による大量報復で対抗するというものであった。第2はベトナム戦争後で、東西の核戦力の均衡が保たれる一方、ソ連側のワルシャワ条約機構軍の大規模な戦車を中心とした打撃戦力に対して、米国は精密誘導兵器とステルス機、情報・警戒監視・偵察関連技術などによる効率的戦力で東側の優位を相殺するエアランドバトル構想で対抗した。

 今の第3のオフセット戦略は、核戦力は均衡しているので、中国とロシアの通常戦力の量的優位に対し、先端技術の優位性によって相殺するというものだ。つまり、人と機械の協働戦闘システムによって効率的に戦闘力を行使する戦略だ。

 具体的にいうと、陸海空の無人兵器、AI(人工知能)を組み込んだ自律型兵器、つまりロボット、それと3Dプリンター技術による効率的な兵器の増産、そして、兵器の小型化だ。小型で安価な自律型ロボットを大量に生産して、昆虫が集団でうわーっと襲い掛かるように密集戦法で攻める。そういう戦略を強力に推進していくだろう。

 

これらの技術分野は民間でもその開発が目覚ましい。

 そうだ。これらはみな軍事用と民生用とのデュアルユース(両用)技術だ。米国はそれによって、一時代先の新しい戦い方に対応し、さらに、それを逆に民生にフィードバックさせて国内産業を起こすという構想を持っている。

 それといまレーザーや電磁パルス、レールガン(電磁加速砲)という新機軸の兵器システムが開発されている。中でもレールガンは、リニアモーターの原理と同じで、電気伝導体の電磁誘導による加速で砲弾を発射する兵器で、中国やロシアの弾道ミサイルや巡航ミサイルを無力化することが期待できる。対ミサイル防衛の切り札になるだろう。ちなみに、防衛省もこのレールガンの研究開発に着手する方針を固め、平成29年度予算案の概算要求に関連経費を盛り込んだ。

 

トランプ氏が対テロ作戦で「短期間に全面的に制圧させる秘策がある」と自信を示した。その秘策とは何だろうか。

 今回のマティス、フリン両氏の抜擢は、特にテロとの戦いを見据えた特殊作戦やサイバー戦、いわゆる非対称の戦いを念頭にした態勢づくりだと思う。米国は攻撃的サイバー戦を重視し、サイバー戦部隊を立ち上げた。その実力は世界一だ。その能力を生かしテロの制圧を目指すだろう。もう一つは、特殊作戦。少数精鋭の特殊部隊で壊滅させるというものだ。

 そして、切り札は核兵器だ。テロリスト、特に「イスラム国」(IS)の勢力を制圧するために、核を使ってもいいのではないかと言っている。これはトランプ氏が言い出したことではなく、ブッシュ政権時代から使える核兵器の開発に着手していて、オバマ政権は、出力は小さくて二次被害を及ぼさず、特定目標だけを破壊できる核弾頭を開発中だ。

 トランプ氏には、サイバーのソフトキル、それと特殊作戦、小型核弾頭、この三つが念頭にあるだろうと思っている。今回抜擢された陣容はまさにそれに適合した最精鋭の軍事のプロだ。