32軍司令部壕の保存・公開をめぐって議論

沖縄戦で首里城地下に設ける、県は安全面から否定的

 昨年10月31日、首里城(沖縄県那覇市)の正殿などの主要施設が焼失した。沖縄県のシンボルを失った衝撃は大きく、2020年は、火災の検証・再発防止策だけでなく、再建計画をどうするかが問われる。こうした中、沖縄戦で首里城の地下に存在した第32軍司令部壕(ごう)の保存・公開のあり方をめぐっても議論されている。(沖縄支局・豊田 剛)

沖縄戦の実相知らせる 名桜大前学長・瀬名波栄喜氏

摩文仁の壕整備が優先 南西諸島安保研所長・奥茂治氏

 玉城デニー知事は6日、年頭あいさつで「一日も早い首里城の復元、歴史文化の復興復旧に取り組む」と抱負を述べた。ただ、完全な修復・再建まで少なくとも10年は要するという見方が有力だ。

32軍司令部壕の保存・公開をめぐって議論

正殿が焼失した首里城=沖縄県那覇市

 こうした中、首里城公園は、観光客を呼び戻そうと、見学エリアを少しずつ開放している。火災後しばらく城郭内に立ち入りできなかったが、現在は焼失した正殿の目の前まで近づくことができる。政府は、復興の過程を一般公開しながら、開放エリアを順次拡大し、再建の様子を見学できるよう計画している。

 首里城公園管理センターは昨年末までに、首里城復興モデルコースのチラシを作成した。正殿に入ることができなくても、周辺施設に足を運んでもらおうという狙いからだ。金城町石畳、泡盛蔵元、首里の駅前から続く商店街が紹介されている。その一方で、首里城公園の地下にある第32軍司令部壕には触れられていない。

 一部の有識者や地元メディアから司令部壕の公開を求める意見が出ている。琉球新報は11月30日付の社説で、「再建は焼失した正殿などに限るのではなく、沖縄戦で首里城の地下に設けられた32軍司令部壕や文化財を安全に保管する倉庫などを総合的に整備すべきだ」と指摘した。

32軍司令部壕の保存・公開をめぐって議論

ひと気のない第32軍司令部壕の入り口=沖縄県那覇市

 昨年12月4日、沖縄県議会では司令部壕の公開について与党議員から質問があった。反戦平和や戦争遺跡の保全を担当する県子ども生活福祉部の大城玲子部長は、壕内は米軍による艦砲射撃の影響で岩塊が崩落しているだけでなく、酸素が欠乏し、雨季は水たまりが発生すると述べた上で、「安全確保の観点から、現状では一般公開は困難だと考えている」と述べた。

 県は1995年、有識者による第32軍司令部壕保存・公開検討委員会を立ち上げ、その2年後に安全性確保を前提に第32軍壕の保存・公開計画を策定。牛島満司令官の部屋まで公開することを目標とした。

 ところが2001年、隣接する県立芸術大キャンパス内で陥没が発生する事故が起きた。12年度には、専門家らが調査を行ったが、現状のままで壕内部を一般公開することは不可能と指摘された。県はそれ以降、年1回調査を実施しているが、公開の見通しは立っていない。

 当時、委員長として公開を求めた名桜大学の瀬名波栄喜前学長は、過去に4回も焼失している首里城が最後に焼失したのは沖縄戦での米軍の砲撃だったことを踏まえ、「首里城と司令部壕は不可分の関係にあり、首里城再建とあわせて司令部壕を公開する必要性がある」と主張。「首里城の全容を説明するには司令部壕は無視できない。沖縄戦の実相を伝えることにもつながる」と語った。

 12月13日の記者会見で公開の是非について尋ねられた玉城知事は、安全面や私有地にかかる部分があるなど、さまざまな問題点があると指摘し、「現時点では公開は困難」と述べた。

 第32軍司令部壕は、守礼門をくぐり抜けて、約50㍍先を左折してすぐ左側にある。左折ポイントには、円鑑池と龍潭の案内標識はあるが、司令部壕の標識はない。そのため、観光客のほとんどは壕の存在に気付かない。県は2012年に説明板を設置しただけだ。観光客が多い正月、壕のそばのベンチでその存在に気付く人がどれぐらいいるか、記者(豊田)は1時間ほど約200人を調査したが、一人もいなかった。

 説明板が設置されるに当たり、「慰安婦」と日本軍による住民虐殺に関する記述の削除を求めて実現させた南西諸島安全保障研究所の奥茂治所長は、「32軍司令部壕は土質や地形的にみて危険であり公開するのは非現実的だ」と指摘。一方で、沖縄戦終結の地である平和祈念公園内(糸満市)にある牛島満司令(中将)が自決した壕(摩文仁の壕)を「優先して整備し、公開すべきだ」との考えを示している。


第32軍司令部壕

 首里城の真下に築かれた全長千㍍超の人工壕。沖縄戦で沖縄守備軍の戦闘指令所として1945年1月から、沖縄本島南部に撤退する5月まで使われた。米軍上陸後、首里城は攻防戦の中心となり、壕内には軍首脳はじめ約千人が駐在していた。現在は入り口のみ見学ができ、坑口はフェンスなどで閉鎖されている。