同性婚拡大で強まる「宗教迫害」
社会的制裁相次ぐ米キリスト教徒
キリスト教徒が国民の8割近くを占める米国で、キリスト教徒に対する「宗教迫害」とも呼べる状況が生まれている。同性結婚の拡大に伴い、伝統的な宗教道徳に基づき同性愛や同性婚に反対する保守的なキリスト教徒が「偏見の持ち主」と糾弾され、社会的制裁を受ける事例が相次いでいるためだ。米社会は同性愛者の権利に寛容になる一方で、建国の理念である言論・信教の自由に不寛容な風潮が強まっている。(ワシントン・早川俊行)
2000年の道徳観が「偏見」に
「性行為は生殖のために創造され、男女の神聖な結婚の絆の中で行われるべきだと信じていたことを理由に、私は解雇された」
ジョージア州アトランタの消防局長ケルビン・コクラン氏は今月6日、カシム・リード市長によって解任された。その理由は、敬虔(けいけん)なキリスト教徒であるコクラン氏が出版した書籍に、同性愛行為を批判する記述が含まれていたためだった。
コクラン氏は2009年にオバマ大統領から連邦政府の消防庁長官に指名されるなど、幅広く尊敬されていた人物。問題となった書籍は聖書学習の教材として自費出版したもので、同性愛に関する記述も聖書の教えを説明したにすぎない。だが、これに反発した同性愛者団体が市長に圧力を掛けた結果、コクラン氏の34年に及ぶ消防隊員としてのキャリアは不名誉な形で終わった。
コクラン氏のように、同性愛・同性婚に否定的な見解を示して社会的制裁を受ける事例が全米各地で起きている。
ワシントン州リッチランドで花屋を営むバロネル・スタッツマンさんは、2012年に同性婚のフラワーアレンジメントを断ったことで、泥沼の裁判に巻き込まれている。仕事を依頼した客だけでなく、州司法長官からも差別を禁止する州法に違反したとして訴えられているのだ。
スタッツマンさんは同性愛者を店員に雇うなど、同性愛者を差別したことはなかった。ただ、結婚は男女間のものと信じるキリスト教徒として、同性婚のフラワーアレンジメントだけは引き受けることができなかっただけだ。
スタッツマンさんは孫を持つ70歳のおばあちゃん。だが、裁判に負ければ、訴訟費用の回収で、自宅を含め全財産を失う可能性があるという。
ケンタッキー州レキシントンでTシャツ製造会社を営むブレイン・アダムソンさんは、2012年に同性愛者団体からTシャツ製作を依頼された。アダムソンさんは宗教的信念を理由に依頼を断り、同じ金額でTシャツを製作できる別の会社を紹介したが、同性愛者団体は地元の人権委員会に提訴した。
人権委員会は昨年10月、アダムソンさんの差別行為を認定し、同性愛者からの依頼拒否を禁じたほか、1年間にわたり多様な価値観を尊重する反差別教育を受けるよう命じた。この教育は、アダムソンさんのキリスト教信仰に反して強制的に同性愛を肯定させる「思想改造」に他ならない。
思想改造を命じられたのはアダムソンさんだけではない。男性カップルのウエディングケーキ作りを断ったコロラド州のケーキ職人ジャック・フィリップスさんと、女性カップルの結婚式のために牧場貸し出しを断ったニューヨーク州のロバート・ギフォード、シンシア・ギフォード夫妻も、州人権委員会から「再教育」を言い渡された。ギフォード夫妻は1万3000㌦の罰金支払いも命じられている。
アダムソンさん、フィリップスさん、ギフォード夫妻はそれぞれ、判決を不服として控訴している。
カリフォルニア州サンフランシスコのクリス・マイ、ナン・マイ夫妻は、腕利きのウェディングカメラマンとして地元で評判だった。だが、男性カップルの撮影依頼を断ったところ、憤慨した男性がフェイスブック上でマイ夫妻への抗議を呼び掛けた。すると、マイ夫妻を中傷、脅迫するメールや電話が殺到し、夫妻はウェディングカメラマンビジネスの閉鎖を余儀なくされた。
同性愛者勢力は自分たちの権利拡大のために他者に寛容な態度を要求する一方、反対する人々には徹底的に不寛容な態度を取る。花屋のスタッツマンさんも、多くの中傷・脅迫メールを受け取ったという。
2013年以降、各地の連邦地裁・高裁が次々に同性婚を禁じた各州の規定に違憲判決を下したため、同性婚合法化州は急増し、現在、36州と首都ワシントンで同性婚が認められている。最高裁は16日、州の禁止規定の合憲性を問う裁判を審理すると発表、6月に下す判決で違憲判断を示せば、全50州で同性婚が合法化されることになる。もしそうなれば、同性愛・同性婚に反対する人々の言論・信教の自由が侵害される事例が一段と増えることは間違いない。
キリスト教界では、同性愛をめぐる2000年の道徳観が「偏見」と見なされ、政府が世俗的価値観を強制的に押し付ける状況に危機感を募らせている。アトランタでは地元牧師らの呼び掛けで、13日にコクラン消防局長の解任に抗議する集会が行われ、黒人のポール・モートン牧師は「この国を共産主義国家にしてはならない」と訴えた。






