日本舞踊を通じて「生きる力」を育てる
都立高校教諭で藤間流師範の高橋由美子さん
日本舞踊を通じて、子供たちの「生きる力」を育むことに情熱を注ぐ高校教師がいる。東京都立高校の家庭科教諭で、藤間流師範の高橋由美子(藤間聖祥)さん(60)=板橋区常盤台在住=だ。子供たちの居場所づくり、地域での異年齢交流を進める一方、日本舞踊や邦楽に触れる機会を増やしたいと、「子どもたちに日本の伝統文化を見せる会」を立ち上げ、活動の幅を広げている。(森田清策)
子供の居場所づくりや異年齢交流に取り組む
6歳で日本舞踊を始めた高橋さんは、32歳で藤間流師範を取得した。子供の頃は、人の役に立つ仕事に就きたいと、看護師志望だったが、家族からの反対で、大学の家政学部に入学。そこで家庭科の教員免許を取り、私立高校で教えたが、結婚を機に退職した。
その後、非常勤講師として、教壇に立った。しかし、「責任を持って生徒に関わりたい」と、次女の小学校入学に伴い、猛勉強の末、37歳で都の採用試験に合格した。
これまでに勤めた都立高校3校すべてで日本舞踊部を立ち上げ、生徒を指導してきた。「今の子供たちに必要なことはまず居場所をつくること」という思いからだった。
「お辞儀・礼」で始まる稽古は、人とコミュニケーションを取る力を育てる。「踏むという所作があり、それは地に足を付けることの大切さを教えます。また、舞台表現で一番重要なことは、舞台という空間で自分の居所をつかむことです。こうした日本舞踊の特徴は居場所づくりにつながります」という。
現在教えている高校の通信制課程の部活動では、生徒10人が週2回、高橋さんの指導を受ける。中には、中学時代に不登校だったり、コミュニケーションが苦手だったりする生徒もいる。
「人と関わりたくなくても、一対一で教えることができる利点があります。繰り返し稽古をし、一曲完成した時の達成感は大きい。とにかく踊るって楽しい。日本舞踊を続けることは、不登校だった生徒が自分の居場所を見つけて、そこに根を張ることに役立ちます」。生徒たちは今年夏、靖国神社の「みたままつり」で踊った。また、高校に地域の高齢者を招いて、稽古の成果を披露している。
今年3月、部活で指導した1人の女子生徒が高校を巣立った。初めて会った時、その生徒は家庭問題などのストレスから声が出ない状態だった。しかし、熱心に稽古を重ねるうちに、音に合わせて体を動かすことが楽しくなり、1年もたたないうちに会話ができるようになった。今年春、地方の国立大学法学部夜間コースに進んだが、落ち込んだ時に日本舞踊がやりたくなって、大学近くで稽古場を探したと連絡があった。
こうした体験から、日本舞踊で「生きる力」を育てることができると確信した高橋さんは現在、自宅で稽古をつけるとともに、子供たちが居場所を見つけて地域に根を生やしてほしいとの思いから、さまざまな取り組みを行っている。
板橋区教育委員会が区立小中学校・幼稚園の児童・生徒・園児らを対象とする「いきいき寺子屋プラン事業」で、地元の常盤台小学校に子供たちを集めて日本舞踊を通じた異年齢交流を続けるのもその一つ。
寺子屋の参加者は、今年は35人に増えたこともあり、高校の部活の生徒が子供たちの着付けなどを手伝っている。また、合同発表会を行うほか、板橋子ども文化祭でも稽古の成果を披露している。
さらに、今年5月、日本舞踊を鑑賞し、踊ることで、子供の心を豊かにしたいと、「子どもたちに日本の伝統文化を見せる会」(会長=中村とらあき・板橋区議)を立ち上げた。9月に国立劇場大劇場で行われた推薦名流舞踊大会に、児童・生徒約30人を招待した。各流名手花形が競演したほか、高橋さんも長唄「新曲浦島」を披露、鑑賞した子供たちは、大きな感動に包まれた。
「いいものに触れる経験は、すぐに成果が出ることではありませんが、一滴の水滴のように心に波紋を広げていくと信じます」と高橋さん。来年4月、地元で「見せる会」のお披露目会を予定する。「最終目標は、学習指導要領の幼児教育に、邦楽を使ったリトミック(音楽と動きを融合した)教育を入れてもらうこと」と意欲的だ。