中央アジアのテロ対策 、不可欠の水資源争い解決
中央アジア・コーカサス研究所所長 田中哲二
中央アジアにおける安全保障を主テーマにした国連とウズベキスタン政府共催の会議に招かれ、先月サマルカンドを訪れた。シリアで過激派組織「イスラム国」(IS)の首都が陥落し、拠点を失ったテロリストが中央アジアへ移動するのではないか、という一部観測があり、直前には、米ニューヨークで8人が犠牲となったテロの実行犯が、ウズベキスタン出身であることが明らかになっていた。
中央アジア最大の人口(3200万)を抱えるウズベキスタンは、ソ連からの独立以来25年の長期にわたり、同国を治めてきたカリモフ大統領が昨年亡くなり、後継のミルジヨエフ大統領が就任してほぼ1年になる。新大統領は、就任以来、通貨政策の自由化、大統領専用道路の廃止など、大統領令を次々に発令して改革を進め、前大統領より国民の側に立つ大統領をアピールしている。ただ人事面などを見ると、前大統領と同じく権威主義的な手法は基本的には変わっていない。
それより新大統領の打ち出した路線で、私が一番注目するのは、近隣諸国との外交を積極的に展開し、関係の冷え込んでいたキルギスやタジキスタンとの関係改善に努めていることだ。4月には四半世紀ぶりにウズベクとタジクの間の直行便が再開されている。
この地域の抱える治安上の問題は、イスラム過激派のテロリストの侵入と麻薬密輸問題である。麻薬はアフガニスタンからタジキスタンを通ってキルギス、さらにウズベキスタン、カザフスタンを通ってロシア、欧州へのルートがある。テロリストの侵入ルートはこの麻薬密輸ルートとほぼ重なる。
筆者は、今回の会議用に用意した論文の中で、中央アジアの治安を維持し、さらに将来緩やかな経済共同体を作るためには、水資源問題の解決が不可欠であることを強調した。かつてソ連時代、中央アジアを流れるアム川、シル川の両大河の上流にあるタジキスタン、キルギスに対し、下流のウズベキスタンなどが石油や天然ガスの資源を提供し、水と石油・天然ガスを融通し合うシステムがあった。しかしソ連崩壊後、この関係が崩れてしまった。
テロリストや麻薬の流入を防ぐため国境管理を強化するため、これらの国々は協力してゆかなければならないが、水資源をめぐる争いがその障害となっているのだ。
会議での演説でミルジヨエフ大統領は、近隣諸国と協力し、国境管理を強化してゆくことを強調していた。ロシアがタジクのダム壁かさ上げへの援助を取りやめたこともあり、水資源問題解決への兆しが見えてきた。
麻薬やテロリストの侵入に対し主催国ウズベクは、かなり自信を持っているようだった。その理由としては、国境管理がうまくいっていることと、この国独特の伝統的な地域共同体、「マハラ」の存在がある。マハラは、構成員の結婚、就職さらに中小企業育成などの面倒を見る。カリモフ前大統領が、この伝統的共同体に、監視統制機能を持たせたのだ。マイナス面ももちろんあるが、過激派摘発に貢献したことは否定できない。
アフガン戦争中、タリバンに参加していた過激派リーダーが、故郷に帰ってきたところ、それがすぐ発覚するということがあった。こういった事例からしても、シリアで拠点を失ったISの戦闘員が、ウズベキスタンに帰還し、拠点を作るのは難しいだろう。
トランプ米大統領の米国第一主義や、英の欧州共同体離脱で世界が自国第一主義に傾く中、中央アジアがその安全を確保し持続可能な経済成長を続けてゆくためには、水資源に代表される地域内紛争を解決し、協力関係を再構築し、緩やかな経済共同体へ向けて進む以外にないと思われる。






