体罰を用いない子育てを広げよう
体罰や暴言が子供の脳に大きい悪影響
しつけや教育の一環で行う体罰は一時的効果はあっても、子供の脳に悪影響が大きい。体罰のない社会を目指して、体罰等を用いない子育てを推進する、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレンの取り組みを紹介する。(横田 翠)
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレンの取り組み
厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」データ(約2万9千人分)を使った追跡研究によると、3歳半の時にお尻を叩(たた)くなどの体罰を受けた子は、まったく受けなかった子に比べ、5歳半の時に「落ち着いて話を聞けない」という行動リスクが約1・6倍、「約束を守れない」は約1・5倍になるなど、さまざまな行動リスクが高いことが分かった(7月31日、国際子ども虐待防止学会誌に発表の藤原武男・東京医科歯科大学教授やイチロー・カワチ米ハーバード大学教授らの研究)。
10月28日、東京都千代田区で「子どもに対する体罰等の禁止に向けて」(セーブ・ザ・チルドレン主催)と題したシンポジウムが開かれた。基調講演を務めた福井大学子どものこころの発達研究センターの友田明美教授は、虐待脳のMRI画像を見せながら、「体罰は百害あって一利なし」と体罰や暴言が子供の脳の発達に負の影響が大きいことを指摘した。
体罰が子供の発達に与える悪影響を示す実証研究は国内外で250以上。友田教授によると、厳しい体罰を受けた子供の脳は、感情や理性に関わる右前頭前野の一部の容積がそうでない子供と比べ19・2%、認知に関わる左前頭前野の一部の容積が14・5%萎縮すること、言葉による暴言虐待では脳の聴覚野の一部が肥大化することが分かってきた。さらに身体的暴力よりも怒声や暴言など心理的暴力の方がよりダメージが大きいという、衝撃的な研究データも紹介した。
乳幼児期に体罰等の不適切な養育によって脳がダメージを受けると、特定の養育者と安定した愛着が形成されない愛着障害の症状やうつ病などの精神的な問題の発生リスクが高くなる。
ところが、「体罰は時と場合によって必要で教育効果がある」などと、日本は体罰を容認する意識、社会風潮がある。特に家庭での体罰は見過ごされやすい。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは長年、児童虐待防止の活動に取り組んでいる。同法人の調査では、体罰容認が6割、「決してすべきではない」という非容認は4割だ。
体罰は学校教育法11条でも禁止しており、DV防止法、高齢者虐待防止法等でも禁止されている。しかし、今年3月、福井県池田町の中2男子生徒が教師による厳しい指導や叱責が原因で飛び降り自殺するなど、体罰等による指導死はなくならない。
体罰のない社会を実現するために、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは2009年から、叩かない、怒鳴らない「ポジティブ・ディシプリン」(前向きなしつけ)プログラムの普及に取り組んでいる。
「ポジティブ・ディシプリン」とは、カナダ・マニトバ大学のジョン・デュラント教授(臨床心理学)と共に考案した、しつけ・子育ての効果的な手法である。
子供が健やかに育ち、あらゆる暴力から守られるよう、養育者が子育てにおける長期的な目標を立て、安心して子育てに向き合えるように支援する。計18時間のプログラムを通じ、養育者が子育てを振り返り、叩いたり怒鳴ったりしないしつけを考えさせるもの。決して、したい放題させる放任ではない。
「ポジティブ・ディシプリン」は、子供を教え導くために、①子育てにおける長期的な目標を心に留める②温かさを与え、枠組みを示す③子供の考え方・感じ方を理解する④課題を解決する――四つの原則を掲げている。
同プログラムの普及に努める瀬角南マネジャーは「実践することで子育てのストレスや不安が軽減し、養育者が変わることで子供との関係が変わり、体罰をしない子育てが可能になる」と話す。
最後に友田氏は愛着形成の重要性と養育者支援の必要性を強調した。また効果的な取り組みとして、森保道弁護士は「法制化した国では体罰・虐待が着実に減少しており、特に重篤な体罰が大幅に減少している」と法制化の必要性を訴えた。家庭という密室での体罰をなくすために、体罰禁止の啓発強化と法制化に向けた動きが活発化しそうだ。







