石川県輪島漆芸美術館で大学院で学んだ卒業生らがシンポ

「今漆芸に求められているものは何か」をテーマに

 大学院で漆工芸を学び、今春修了した卒業生らによるシンポジウムが、このほど石川県輪島市の県輪島漆芸美術館で開かれた。「今 漆芸に求められているものは何か―産地の現状と大学における漆芸のあり方―」をテーマに、金沢美術工芸大学、富山大学、東京藝術大学、京都市立芸術大学、広島市立大学で学んだ5人が、自由闊達(かったつ)な意見を交換した。コーディネーターは金沢美大の田中信行教授が務め、地元の漆器関係者も加わった。彼らの出展作品とともに、それぞれの意見をまとめた。(日下一彦)

需要の喚起に世界進出が必要/技術の継承とともに情報発信も

石川県輪島漆芸美術館で大学院で学んだ卒業生らがシンポ

大学で漆芸を学んだ卒業生と地元の漆器関係者が漆芸への思いを語った=6月10日、石川県輪島漆芸美術館

 金沢美術工芸大学博士課程に在籍する金保洋さんは、「触彩(しょくさい)の輪郭―朱の連想」を出展している。高さ170㌢、幅165㌢、奥行き10㌢の円形の作品で、漆を塗り重ねることで造形の色彩と触覚の微妙な変化を研究しながら制作した。

 「大学では個人で制作している。大作や立体的な作品もどんどん作りたいが、一人では限界がある。産地と協力することで、もっといろいろな可能性が出てくるのではないか」と期待しながらも、産地を取り巻く厳しい現状に躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない複雑な心境を語った。

 富山大学大学院修士課程を修了した藤原愛さんの作品「乾漆蒔絵文箱(かんしつまきえふばこ)」(高さ6・6㌢、幅25㌢、奥行き8㌢)は、和歌の持つ季語や情景の美しさをモチーフに制作した。蒔絵や螺鈿(らでん)などの伝統技法を駆使した文箱だ。現在、金沢市の卯辰山(うたつやま)工芸工房で制作に取り組んでいる。

 「加賀蒔絵を模造して、技術の高さとデザイン性の素晴らしさ、金粉をふんだんに使うことなど、得られることが多かった」と語り、「昔の優れた作品を、いま一度振り返ってみるべきではないか。漆を後世に伝えるには技術の継承とともに、漆を知らない人たちに向かって、中からの発信も重要です」と指摘した。

 同じく東京藝術大学修士課程を出た川ノ上拓馬さんは、「乾漆(かんしつ)蒔絵螺鈿透彫(すかしぼり)飾箱『杜(もり)』」(高さ12・5㌢、幅28㌢、奥行き26㌢)を制作。「カキツバタの咲く景色」をテーマに、群生するカキツバタと足元に広がる水の輝きを巧みに造形化している。

 「低迷する漆器の需要を喚起するには、世界進出が必要」と指摘し、「海外では日本食や日本酒に人気があり、漆器が使われることも多いのではないか。もし海外で漆が人気になれば、若者は海外情報に敏感だから、素材としての漆に興味が持たれ、アートとして美術品も見てもらえるのではないか」と期待している。

 また、京都市立芸術大学修士課程を修了し、同大の非常勤講師をしている村上花織さんは、自身で劇団を主宰しオペラも制作している。舞台の背景に自作の漆のパネルを使うなど、「多くの観客に一気に漆を伝える有効な手段」と述べている。出展作「白居易(はっきょい)『折剣頭(せつけんのさき)』」(高さ160㌢、幅420㌢、奥行き1・5㌢)は新作オペラ「山科閑居(やましなかんきょ)」の舞台美術の一部として制作した。

 漆器に親しむ消費者を育てるには、「義務教育のうちから漆を伝えることが大切ですが、伝統工芸を知らない先生が多いので、なかなか教えられない。漆をやっている私たちが教育の中に入り込んで、子供たちが漆芸を知るきっかけをつくるべきではないか」と提言した。

 広島市立大学博士課程に在籍している吉田真菜さんは、「漆坤(しっこん)」(高さ3㌢、幅65㌢、奥行き55㌢)を出展。この作品は漆の塗り重ねだけで制作され、その回数は何と161回という。漆器といっても漆を混ぜたウレタン塗装が多い中、「“漆=100%天然の漆”に持っていきたい」と決意を語り、「これから本漆の確立が求められるのではないか」と期待している。

 シンポジウムは同館で開催中の「漆芸の未来を拓(ひら)く―生新(せいしん)の時2017―」の10周年記念として企画され、パネリストには地元から彦十蒔絵代表の若宮隆志氏、輪島キリモト代表の桐本泰一氏、市漆器産業振興室次長の細川英邦氏も加わり、漆器産業を取り巻く現状を紹介した。

 一方、展示会場にはパネリストたちの大学の他、金沢学院大学、東北芸術工科大学、沖縄県立芸術大学の計8大学から、今春大学や大学院を終えた卒業生47人の意欲作が並んでいる。同展は7月3日(月)まで、会期中無休。入館料は一般620円、大学生以下無料。問い合わせ=0768(22)9788。