虐待被害者の脳の働き低下
早期支援で「愛着」の再形成を
福井で児童虐待防止フォーラム
11月は「児童虐待防止推進月間」。これに合わせ、厚生労働省は毎年、全国フォーラムを開いている。今年は福井市で行われた。注目を集めたのは、適切な養育を受けることができなかった子供の心身へのダメージと社会的損失の深刻さ。被虐待児に対する早期のケアが重要と訴える専門家の危機意識の強さが印象的だった。(編集委員・森田清策)
短命、薬物依存など「悪の連鎖」も
社会的損失は年間「1兆6000億円」
今年のメインテーマは「社会全体で子どもの『命』と『権利』、そしてその『未来』を守るために」。まず、東京大学大学院教育学研究科の遠藤利彦教授が「子育ち・子育ての基本について考える―アタッチメントという視座から―」と題して基調講演を行った。
アタッチメント(愛着)について、同教授は「恐れや不安などのネガティブな情動を、特定他者への近接性の確保を通じて、制御・調整しようとする行為傾向」とし、他者への信頼感の基本となると説明した。
そして、乳幼児期に他者への信頼感を築けなかった場合、成人期になると通常の4倍の身体症状を訴えるとして、幼児期の愛着形成が「生涯にわたる心身の健康な発達の鍵になる」と強調した。
続いて、五つの分科会に分かれて討論が行われた。その中で、最も参加申し込みが多かったのが4分科会「虐待の子どもへの影響」。医療的観点から、被害児の心の傷や支援の在り方を考えたが、ここでも愛着障害の深刻さを訴えるプレゼンテーションが続いた。
虐待が及ぼす脳や健康への影響、生活不適応とそこから生じる社会的損失の大きさを説明したのは、福井大学子どものこころの発達研究センターの友田明美教授。「たとえ心理的虐待でも、脳に影響を及ぼす」とした上で、共感など社会的行動に関わる脳の働きが低下するだけでなく、寒い、痛いといった身体感覚をつかさどる脳の神経回路にも影響が見られるという。
さらには、被虐待児に適切な治療が行われないと、うつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患で苦しむことになる。それは老齢期にまで続き、寿命を短くすることがあることも分かっている。
例えば、一般の子供の有病率は1・4~2・4%だが、社会的養護つまり施設や里親に引き取られた子供では19・4%から40%になるとのデータを示して、愛着障害の有病率の高さを説明。病気にとどまらず、薬物依存症などの「悪の連鎖」にはまるほか、生活保護を受ける状況になることもあると指摘。虐待は被害者を苦しませるだけでなく、社会を長期にわたってむしばむことを浮き彫りにした。その半面、児童虐待がなくなればうつ病、アルコール・薬物依存症、自殺企図などが半分以下に減り、医療費の削減につながると強調した。
一方、パネリストの一人、中央大学理工学部応用認知脳科学研究室の水島栄氏(臨床心理士)の研究によると、不適切な養育を受けた子供は、ストレスホルモン(コルチゾール)の値が高くなる一方、社会性や愛着に関わるホルモン(オキシトシン)の分泌量が低くなることが分かった。そして、虐待などのトラウマを抱える子供への対応は、医療現場の介入では限界があり、児童養護施設の担当者や養育者との日常の丁寧な関わりが重要となると述べた。
あいち小児保健医療総合センター診療科の新井康祥医長は、自然災害によるトラウマと、虐待被害の違いに触れた。自然災害の場合、1回のトラウマだが、虐待は長期の反復性のトラウマと愛着の問題で、複雑な症状を示すという。
虐待による社会的損失について、友田教授は「1兆6000億円」という数字を紹介した。これは、社会福祉法人恩賜財団「母子愛育会・日本子ども家庭総合研究所」の和田一郎氏らが平成24年度分の試算として発表したものだ。同年度の児童虐待相談件数は約6万6700件。27年度は10万件を突破しており、社会的損失はさらに拡大していると考えるべきだろう。
友田教授は「虐待を世の中にはびこらせると、社会は大きなしっぺ返しを受ける」と、児童虐待は親や養育者を悪者扱いして済む問題ではないと警告。さらに、「愛着は再形成が可能」と強調しながら学校、保護施設、警察、医療、地域社会による子育て支援の促進を呼び掛けた。






