葛西臨海水族園が子供たちに教育プログラムを
海の生き物を保護する人材の育成を目指す
地球温暖化に伴う海水面の上昇や生物種の減少など、海洋環境の変化が叫ばれて久しい。一方で、子供たちの自然体験は減少している。自然や生き物との触れ合いなしには、子供たちが環境問題について深く考えることは難しい。東京都江戸川区の葛西臨海水族園(田畑直樹園長)では、幼児、小学校低、中、高学年、高・大学生と年齢や発達段階に合わせた環境教育プログラムを提供。子供たちが生き物に触れ合うことで、環境保全に関心を持つことを目指している。(宗村興一、写真も)
子供に自然や生き物と触れ合う機会を提供
「わあ!こんな生き物がいるんだ!」。葛西臨海水族園のレクチャールームで学生が驚きの声を上げた。8月28日に行われた、高・大学生向けの教育プログラムでの一場面。学生たちは東北大学大学院農学研究科の青木優和准教授と顕微鏡で流れ藻の観察をした。流れ藻は、岩から剥がれて海面を漂流する海藻の塊のこと。流れ藻にはブリやアジなどの稚魚が生息し、魚の繁殖にとって重要な役割を果たす。高1の男子学生は「流れ藻に貝やコケムシなど、たくさんの生き物がすんでいて驚いた。将来は海洋生物の研究者になりたいので、たくさん本を読んだり海の生き物に触れたりしていきたい」と話した。
観察後に青木准教授は、自身がたくさん海で生物に触れ合ったことや面白い生物の先生との出会いを通して、海が好きになったことを紹介。一つの生き物を研究すると多くの発見があり、興味が尽きることはない「経験や出会いは人生を変えてくれる。みんなも積極的に海に触れれば、多くの学びがある」と“将来の研究者”たちにエールを送った。
水族園によると、高校生は自分の進路を選ぶ時期。そのため生き物関連の研究者などを目指す「生き物好き」を増やすため、第一線で活躍する研究者から研究・探求することの楽しさを学び、海への関心を促す狙いがある。
9月17日に行われた小学校高学年向けのプログラムは、生き物の体のつくりと住環境の関係を考えながら学ぶ。海の生き物には泳ぐ魚以外にも、海底であまり動かない生き物(ベントス)もいる。ベントスには、イソギンチャクやウニ、ヒトデや貝などがいる。参加した児童らは水族館内の生き物からベントスを探し、何を食べるのか、目や口はどこにあるのかなどを考えながら観察した。小学5年生の男児は「詳しく生き物を観察するのは楽しかった。水族館の飼育員になりたい」と将来の夢を口にする。
水族園の天野未知教育普及係長によると、地球環境の悪化で絶滅の危機にある生物が増加している。そのため水族館は自然保護のための教育施設としても機能する必要があるという。水族館利用者の多くが遊びや観光目的であり、国内の水族館の多くは教育担当専門の部署はない。「直接利用者に教育目的でアプローチしても受け入れられないため、いかに楽しく環境問題に関心を持ってもらうかが重要だ」と話す。
また、「水族館で生き物を見るだけでも楽しいが、生き物の発するメッセージはしっかり観察しなければ受け取れない」と指摘。子供たちに「ここをこう見ると面白いよ」「このしぐさにはこういう意味があるよ」と働き掛けることが私たちスタッフに必要だと思う。「葛西臨海水族園には、600種類以上の多様な生き物を見ることができる。環境に適応し、巧みに生きる生き物を見ることでいろいろな教訓を得られる」と語った。
また、水族館が野生から生物を連れてきて、その大半を消耗して展示していることに批判の声もあったという。2014年11月以降に発生したクロマグロの大量死など数々の試練も経験した。「水族館は、命あるものを扱うことの重さも伝えている。そのことを忘れずに、水族館にしかできない教育活動をしていきたい」と強調。「地球の生き物を保全するために何ができるかを考え、実践していく人材を育成するには、子供の時期の自然体験がよりどころになる。水族館での学びが実際の自然体験でも継続することが、私たちの教育活動の目的です」と話した。
子供の自然体験の減少の表れとして、プログラムに参加する子供たちの多くが生き物に触れたことがないという。本物の生き物を怖がる子供もいるが、プログラムを通して「楽しい、ワクワクした」といった反応に変わる。今後の水族館教育の課題として、日本の水族館は一般的に教育施設として認知されていないと指摘。その上で「深刻化する環境問題や自然との触れ合いが少なくなってきている今、教育施設として水族館の利用を促進する必要がある。生き物との出会いの場として、そこで生まれる学びを支えることが課題」と今後の教育プログラムのポイントを挙げている。