マレーシアの多民族国家としての強み
マレーシアの教育現場で(下)
マレーシア日本国際工科院准教授 原 啓文氏に聞く
国際性豊かな教授陣/多民族、多宗教をうまく融合
大学のコンセプトはASEANの教育ハブ
マレーシアの教育現場で困ったことは?

はら・たけふみ 1976年3月7日生まれ。佐賀県鳥栖市出身。長岡技術大学大学院卒。カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学留学。岡山理科大学准教授を経て、MJIIT准教授。マレーシアの強みは、民族構成がマレー人だけでなく、中華系やインド系を内包する多民族国家で、ユーラシア大陸の2大国である中国とインドの結節点にもなりうると示唆する。特技は「人見知りしないこと」。座右の銘は「一期一会」。
言葉の問題が大きい。日本だと専門書も日本語で読めるが、マレーシアにはマレー語の専門書がない。高等な教育になればなるほど英語に対応するマレー語がほぼ無いに等しい。ほとんど英語をマレー語の中にポンと埋め込むような形になる。
言語対応の文化の器の差というのは、大きいかもしれない。
さらに言えば、それをどこまで発展させてきたかという歴史の厚みの問題だ。日本は明治維新から始まった教育システムの中で、高等教育を自国の言語で教えている。マレーシアのように、ここ40~50年ぐらいで急速にそれをやろうとした場合、言語としてそれを受け入れる時間が無い。だから手っ取り早く英語でやらざるを得なかった事情がある。
その意味では、単純に日本のシステムそのものを持ってきたから、それで成功するかというとたぶんそれは違う。
相手に応じて道を説くのが、教育だ。一方的なものではない。
本当に求められているのかどうかを含めて、やらないといけない。
どちらにせよ、1年や2年で結果が出るようなことではないので、卒業生を社会に出して10年後、20年後を想定している。日本政府はこうした日本型工学教育の導入支援を、いろんなところでやろうとしている。
あくまでマレーシアはモデルケースで、トルコのイスタンブールとベトナムのハノイに一つずつ。日本の大学がコンソーシアムを作って支援する格好だ。
トルコは原子力関係で原発技術が軸となる。基本は国際協力なので主体は外務省だ。文科省はあまり入ってこない。しかし、国際協力という面と教育という面の両面がある。そもそも高等教育なのだから、そこが結構、難しい点だ。
その意味では、外務省と文科省がしっかりタッグを組んでいけるような形が好ましい。
入り口の外交的手当ては外務省かもしれないが、メインのコア部分は文科省の話だ。
自分たちが何をしたいのか、明確にしておかないと、方向性を見失いかねない。初等教育に関する国際協力をするのか。もしくは研究をきっちりやって、その国のレベルを上げていくのか。大学教育の技術者を育てるのか。これを明確にした上で先生たちが動かないと、それぞれの先生たちの考え方が違うと「船頭多くして、船山に登る」になりかねない。その統制が難しい点だ。
そこらあたりの共通認識はできているのか。
まだまだだ。それは、赴任国のビジョンによっても変わる。マレーシア日本国際工科院(MJIIT)やマレーシア工科大学(UTM)がどこを目指すのかというのは、この国がどこに向かうのかで変わってくる。
マレーシア側の方とすれば、研究者養成になるのか。
そうだ。マレーシアには研究の土台が五つある。その一つがUTMなので、研究費が国から支給されて、それを中で分配する形で研究をメインにしている。
専門の藻の研究では、どういったことを?
科学的な観点でいえば、東南アジアでどういう藻があり、その藻がどういう色素を貯めたり、バイオディーゼルになりうるかという大量培養に資する藻類の管理をやっている。要は純粋培養環境として適している恒温体制が欲しいが、マレーシアにはそうした条件に適合するオープンポンド(池)がある。
色素とバイオディーゼルが藻研究のメインとなるのか?
そうだ。だが、藻にはいろいろな使い道がある。
例えばミドリムシには、たんぱく質やアミノ酸がある。人類の食材としても面白い。
人類史で最初に藻を食べた人は誰か?
分からない。
藻は浮いているので、集める技術が必要だ。そこに労力も資金もかかる。基本は生物なので、肉を食べているのと変わらない。
そういう認識ができるのは科学者だけだろうが、基本的に食糧問題とエネルギー問題というのは、研究対象にしやすいメリットがある。
ただ、バイオディーゼルを作ったからといって、石油がこれだけ下がったらペイできないし、代替エネルギーの観点からいえば、あまり目玉にはならない。
バイオエタノールやバイオエンジンはクリーンなイメージがあって話がしやすい。だが、そのために多くのエネルギーをかけている。二酸化炭素を削減しようとしながら、その過程で二酸化炭素を排出しているという自己矛盾がある。
今、バイオ研究というと東南アジアではマレーシアかタイだ。バイオ関係はタイも強い。タイの東大であるチュラロンコン大学には、日本(東大、京大)で学位を取った人が結構いて、先陣を切っている。そのチュラと東大と3者で組んで研究費を取得し、研究しようという話をしている。
MJIITは日本と東南アジアをつなぐところでもあるので、そういう媒介役もこなしたい。そういう形で地場の研究パワーを大きくすることが、日本にもプラスになる。
ASEANの教育のハブになるというのが、この大学のコンセプトでもある。
ベトナムとかインドネシアからも留学生が何人かきている。タイは英語で教育できない言語問題がある。英語教育が可能なのは、マレーシアかインドネシア、フィリピンぐらいだ。
マレーシアはASEAN全体の中で、どういった強みがあるのか?
マレーシアの民族構成はマレー人55%、中華系が30%でインド系が10%だ。そうした多民族国家としてやってきた実績がある。それは他の国にはないものだ。
多民族、多宗教をうまく融合させながら、国を作ってきた実績がある。それがマレーシアの強みだ。
そうした多民族国家の国柄もあって、MJIITの教師陣はエジプトやシリア、インドネシアからも来ていて国際色が強いが、国の違いによるカラーの違いというのはあるのか?
エジプトとかイラン人というのは、よく言えば積極的なのだが、悪く言えば、言うだけ言ってそれで終わりということがある。口は達者で、風呂敷を広げるのがうまいが、たためない。
「たたむ」というのは技術力であったり、製品化であったりということか?
そうだ。
それは原さんの役割でもある?
その通りだ。私はたたみ役だ。
特に日本と共同研究をやるプロジェクトを立ち上げるにも、ただ単純にやりましょうという話だけでは誰も乗ってこない。こっちが下準備もしないでやりましょうと言っても、そうしたメールには返事すら返ってこない。
その辺の調整が必要だ。日本の企業や専門家とつなげたりといったことと同時に、日本側にも状況を理解してもらって、どういう研究がお互いにとってプラスになるのか。どっちも見た上でやっていかないといけない。その辺の橋渡しがうまくできればいい。
(聞き手=池永達夫、クアラルンプールで)