子供に考える力を付けるには?
ひらめきは手と目から
医学部予備校アイザック・メディカル塾長 大西 重信氏に聞く
単純労働の多くがAIに代替されていく時代、人間には今まで以上に考える力が求められている。そこで受験を中心に家庭教師として長く子供の能力開発に携わっているプロ教師の会に所属しながら医学部予備校アイザック・メディカル塾長を兼務する大西重信氏に、考える力が付くようにするにはどうすればいいか伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
AIには世界観つくれず
体で覚えれば生きた知識に
大学入試センター試験をめぐる問題をどう思いますか。

おおにし・しげのぶ 1958年、京都府宮津市生まれ。京都大学理学部卒業。専門は数学。社団法人大都市圏研究開発協会研究員を経て、88年から千葉市で「プロ教師の会」の家庭教師に。医学部予備校アイザック・メディカル塾長。
近年、子供たちに考える力をどう付けるかが教育の大きな課題で、その一環として、センター試験の国語と数学の一部に記述式の問題を取り入れることが企画されたのですが、採点の公平性の問題が指摘され、先延ばしされることになりました。
今のセンター試験の問題は受験生にとって過酷ですが、公平性では理解できます。7割取るのは難しくないが、8割取るのは難しく、9割はもっと難しいという出題です。平均は50~60点なので公平性には納得できます。受験生は努力が報われないような問題は好みません。
小論文も、基準さえ決めれば採点はできますが、開示されないので、自己採点のしようがない。良く書けたと思っていても、採点が低いと、ショックを受ける場合があります。そういう意味で、50万人以上が受験する新センター試験(大学共通テスト)には記述式の問題はなじまないのではないでしょうか?
もっとも、記述式の問題も、1年後にはマニュアル化されるので、受験事情としてはあまり変わらないと思います。賢い子は、どんなことになっても対応できるのです。
20年の私の経験では、試験方法を変えるたびに受験生の格差がどんどん開いてきているのが現実です。受験強者はいつも高いレベルで対応できるのですが、受験弱者は対応が後手後手になるので、改革ごとに格差が広がるのです。強者は一流の予備校に行け、家庭教師も雇えるが、弱者はそうできませんから。心が安定し、体力があり、技術が磨けていて、かつ親に経済力があれば、どんな改革があっても対応できます。
教育心理学者の榎本博明氏は、「心が折れにくく、失敗しても回復する子に育てることが肝心だ」と言っています。
最近は叱らない親や教師が増えたため、大学や職場で叱られると、心が折れてしまう若者が増えたということがよく指摘されています。トップレベルの子は、中学生で1日10時間、夏休みには1日12~13時間勉強していますから、そこまで集中できる能力や体力は一生の財産になるものです。
アメリカで40年の追跡調査をした結果、幼児期に自制力、忍耐力を培い、失敗経験をした人は、40歳で収入が高くなっていたそうです。
主に家庭で行われる教育を政策化、制度化するのは難しいでしょうが、教育は国家百年の計ですから、根本的な課題として長期展望で取り組む必要はあると思います。子供の忍耐心のカギになるのは親子関係です。父親がしっかりしていると、子供に忍耐心が育っています。子育てでは母親が中心になることが多いのですが、父親もノータッチではなく、きちんとコントロールしていることが望ましい。特に中学受験は子供だけでは対応が難しいので、父母と子供が二人三脚で取り組むことが大切です。母親の励ましやサポートがあるといいし、父親も関心を持って見守るようにしたい。
さらに、祖父母のいる家庭の子供の方が精神的に安定しています。話の中に祖父母のことが出てくる子の方が精神的に安定しているように感じます。三世帯同居は少ないのですが、近くに祖父母がいると若い夫婦は助かります。
いじめや不登校などの背景として、過剰なストレスが指摘されています。
実は私も小学校5年の冬から高校1年の冬まで不登校で、中学校はほとんど通わず、中3コースなどの自宅学習で高校に合格しました。ところが、高校1年を1年年下の生徒と一緒に経験したことで、落第生には誰も期待しないという「落第生の幸福」を知り、心理的に解放され、がぜん学校が楽しくなりました。
小さい頃から頭が良かったので、長男として期待されてきたのがプレッシャーになり、とうとう学校に通えなくなってしまったのです。不登校になるのはエネルギーが失われるからで、親が強制登校させたりすると、子供の心を壊してしまうことになりかねません。不登校のさなかの子供は、自己防衛のため冬眠しているようなものですから。
そうした子供の心理が分からない親が多い。
親の自己満足や世間体のために子供に勉強を強制する親も多いのです。勉強しろと言っても、漠然とした指示では何の効果もありません。カウンセラーなどの専門家は、親子関係を正常に戻すために、子供の心の状態を親に伝え、それに即した対応を取るようにさせます。親は夫婦関係、親子関係の回復に努め、学力のことは担任なり専門家に聞くようにするのが賢明です。
どうすれば子供たちに考える力が付きますか。
ある程度以上のインプットがないとアウトプットできません。人間の知能の構造は、世界観が一番上にあり、その下に戦略、戦術、情報、知識があります。ところが、AIには世界観がない、ビッグデータとディープラーニングでは世界観はつくれないからです。人間の特徴は手と脳があることで、脳と連動して手が動くことで高度な作業ができるようになります。
「手で考える」「足で書く」という言葉もあります。
私は生徒に数学を教えるときに、必ずノートに書きながら考えるよう指導しています。ひらめきは手と目からくるものだからです。
アウトプットがインプットに反映され、体で覚えるようにすると生きた知識になります。単なる詰め込みは、試験が終わると忘れてしまいますから。それは大人になってからでも同じです。