米朝首脳会談後、アジアの人権は厳冬期入りか

山田 寛

 米国は米朝首脳会談で、北朝鮮の人権問題をなるべく口にしない暗黙の約束をしたようだ。人権抑圧非難などで体制を揺さぶらないことも「安全保証」の一部なのか。トランプ大統領は「素晴らしい人柄」「国民に愛されている」などと金正恩・党委員長を褒め、人権問題は北だけではない、別の目的が優先でそうかかずらえないと言い、一定のお墨付きを与えてしまった。心配である。アジアの人権問題はどうなるだろう。

 今後、米公的出資の宣伝放送「自由アジア放送」などにも、自粛ブレーキがかかるのだろうか。韓国はすでに、北への風船飛ばしなど人権団体や脱北者の活動への規制を強めている。中朝国境の脱北者摘発も一層厳しくなりそうだ。

 中国の人権・自由への弾圧も加速している。劉暁波夫人の劉霞さん(57)の自宅軟禁など冷酷の極みだろう。2010年のノーベル平和賞を獄中で受賞した劉暁波氏は、昨年肝臓がんのため獄から急きょ移された病院で死亡した。夫人も長い軟禁生活で衰弱し、最近友人への電話などで「劉暁波を愛するだけで終身刑になると、憲法に書き加えたらいいわ」と嘆いている。

 夫は死の直前、日独などでの治療を希望し、ドイツが受け入れを申し出たが認められなかった。夫人の軟禁解除を求める米英独仏の以前の呼び掛けも無視された。

 昨年2月末、中国が一斉拘束した人権派弁護士らに拷問を加えているという問題で、日欧など11カ国の大使が連名で調査を求めた。今月、民主化要求運動が武力鎮圧された天安門事件の29周年で、ポンペオ米国務長官が中国に事件の犠牲者などの総数を公表するよう求めた。どれにもゼロ回答である。

 それでもドイツは最近も劉霞さんの来独を求め、先月メルケル首相が訪中した際、人権派弁護士の妻らと面談するなど、人権への強い関心を示し続けている。

 米国は天安門事件直後、事件の「扇動者」とされた方励之氏夫妻を、また12年に盲目の活動家、陳光誠氏を大使館に保護し、中国側と綱引きの末、米亡命を認めさせた。そんな人間ドラマ演出の主役が関心を低下させた。11カ国大使の拷問調査要求は、トランプ政権発足直後。米国は不参加だった。

 天安門関係などの“継続事案”はあっても、トランプ氏の対中関心は1にも2にも貿易摩擦。シンガポールの記者会見で、トランプ氏は習近平主席を「友人」「偉大なリーダー」と呼んだ。貿易では対決するほかないが、人権で友人の機嫌を損ねるなど余計なことと考えているだろう。

 中国の影響もあり、東南アジアでも人権や自由の後退が目立っている。「ミャンマーの春ももう終わった」とも言われる。だがどの政府も考えるだろう。「北朝鮮ですら問題にされないのだから(大丈夫)」と。

 日本はアジアの人権の旗振り役を務めようにも、積極的言動がなかなかとれない。劉暁波氏の時も黙していた。最近、著名な人権派弁護士に協力し拘束もされたキリスト教徒の女性が、出国に成功して国連難民認定を受け、日本亡命を希望した。インドネシアから日本への便に乗ろうとしたが、ビザがないため搭乗を拒否され、現在台湾に一時保護されている。特別ビザを出せないものか。

 当面、日本は対北朝鮮で拉致問題解決のため全力を振り絞ろう。北の無法を許さず、その人権認識の改善にもつながる。

 そして、今後増加しそうな真の難民(仕事目的の難民申請と違う)を、きちんと受け入れよう。

 中国にも、ドイツなどと協力、米国の尻も何とかたたき直し、言うべきことは一層はっきり言おう。

(元嘉悦大学教授)