FBI長官解任で深まる疑念
政府の説明は作り話
信じがたいことに、連邦捜査局(FBI)のコミー長官が、2016年7月にしたことが原因で17年5月に解任された。その理由は、ロッド・ローゼンスタイン司法副長官が作成した覚書の中で説明されている。
信じがたいことに、コミー氏は、ヒラリー・クリントン氏に厳しい姿勢を取ったとしてトランプ大統領に解任された。昨年7月の記者会見で、クリントン氏の訴追に反対しながらも、電子メールをめぐる不正の数々を指摘したときのことだ。
信じがたいことに、トランプ氏はなんと、大統領選の11日前にクリントン氏の捜査再開を発表したとしてコミー氏を解任した。トランプ氏は当時、コミー氏の「度胸」の証しであり、これによって「名誉を取り戻した」とコミー氏をたたえていた。
信じがたいことに、身の回りの忠実な私的顧問の意向に左右されてきたことで知られるトランプ氏が、自身がほとんど知らない、就任から2週間しかたっていない次官級の高官ローゼンスタイン氏の助言に従ってコミー氏を解任した。
信じがたいことに、トランプ氏は、ローゼンスタイン氏の主張が非常に説得力があったとして、直ちに、大慌てでコミー氏を解任した。急だったため、コミー氏が解任を知ったのは、たまたまついていたテレビでだった。
これらの数々の信じがたいことは、コミー氏が解任され、トランプ政権がその理由のすべてをローゼンスタイン氏の覚書のせいだとしたほんの短時間の間に起きた。完全な作り話だ。ではなぜトランプ氏はコミー氏を解任したのか。
◇繰り返された間違い
コミー氏は解任された。これは確かだ。当たり前のことだが、相手を怒らせてしまったら、何か適切な手を打たなければならなくなる。だが、間違ったことばかりしてしまうこともある。
コミー氏は昨年、何度も間違いを犯した。私は、コミー氏の独善的なところがあつれきを生んだことはあったとはいえ、悪意や党派主義が間違いの原因ではないと思っている。コミー氏は、かつてなかった状況の中で、受け入れがたい選択を迫られた。米国の大統領選史上、FBIの公式な捜査対象となっている候補者が主要政党の指名を獲得したことはなかった。トランプ陣営が捜査対象だったことも明らかになっている。そのため、FBI長官が選挙に干渉してはならないという当たり前の禁止命令が、意味を持たなくなり、守れなくなった。何をしても、公表してもしなくても、実行してもしなくても、選挙への影響は不可避だった。
コミー氏は、職務に当たりながら、ルールを作っていかなければならず、実際にそうした。これは、コミー氏の落ち度ではない。悪かったのは、矛盾した、合理性を欠くルールを作ったことだ。昨年7月5日にクリントン氏を非難しながら起訴しないと決めたこともその一つだ。
これらのルールとコミー氏に、民主、共和両党が反感を持った。クリントン氏は大統領選での敗北を2人の人物のせいだと非難したが、そのうちの1人はコミー氏だった。
これは難題だ。両党にコミー氏解任を望む十分な動機がある。投票日から今までにそれを実行する十分な時間もあった。短いやり取り、退職祝い、仲間内での送別会、コミー氏解任で新大統領は新長官を指名できるようになる。派手な歓迎式も、複雑な感情もない。
3月20日に、FBIがトランプ氏とロシアの共謀疑惑を捜査しているとコミー氏が発表して以降、解任は困難になった。コミー氏が先週、クリントン氏の側近フーマ・アベディン氏の電子メールをめぐって大変な事実誤認をし、FBIが上院司法委員会に提出した覚書を撤回するという不名誉な出来事があったこともその一因だ。
◇コミー氏に不意打ち
きれいに終わらせるチャンスはあった。コミー氏が間違いを詫(わ)び、これまでに下した困難な判断によって、各方面からの信頼を失ったと話せばよかった。白紙の状態に戻すチャンスだった。そのうえで、この重要な時につまらない混乱を招きたくなかったと当たり障りのない言い訳をする。格好は悪いが、威信を失うこともないし、感じもいい。
実際にはそうならなかった。これは政治的な惨殺だ。政界の基準で見ても残忍だ。最後の会議も、辞表も、大統領からのねぎらいの言葉も、身内の送別会もない。不意打ちを食らったコミー氏は車に乗っているところを生放送で流され、ロサンゼルスで飛行機に飛び乗り、ワシントンに着いた時には職を失っていた。
なぜこのようなことをしたのか。トランプ氏は、ロシアの選挙への関与をめぐる捜査に懸念を深めていた。捜査を行っていることをコミー氏が公表したことにも動揺していた。トランプ氏が、これで捜査は終わり、疑惑に終止符が打たれると思っているとしたら、大変な間違いだ。コミー氏をたたくことで、ロシアをめぐる疑惑に、これまで考えられていた以上の関心が集まることになった。FBIの捜査が止まることはない。後任の承認公聴会は、全米のテレビで報じられ、これまで捜査が行われてきた疑惑が大きく取り上げられる。
なぜこのようことをしたのか、ここで理由が明らかになった。王様は、誰かあのやっかいな僧を始末してくれと言ったが、待ち切れず、自身で手を下したということだ。
(チャールズ・クラウトハマー、5月11日)






