地政学と孫子の兵法

 最近、書店に行くと、「地政学」という言葉をタイトルに使用した書籍が平積みになっている。

 歴史上で最初に地政学的な考え方を書いたものとしては、古代インドの名宰相とうたわれたカウティリアの著書『実利論』である。彼はこのなかで、王に対して「いかに世界を支配するか」ということを指南し、諜報作戦、女スパイの使用、毒薬の調合の仕方などを記している。さらに隣国との関係性を地理によって規定した外交政策を説いている。

 諜報作戦、女スパイの使用、毒薬の調合などは、スパイ映画のシーンと思われがちだが、現実の国際政治の場では、いまでも同じようなことが行われ、マスコミを騒がすことも時々ある。

 時代が変わっても、人間の本質は同じであり、『実利論』が実践されていることを物語っている証拠だ。

 また、「孫子曰く、兵は国の大事なり」という有名なこの書き出しから展開されていく世界で最も古い兵法書である『孫子』は、地政学を研究するうえで、非常に参考になる古典兵学の一つである。

 日本に『孫子』を最初に伝えたのは、遣唐使に随行して中国に渡った吉備真備だと言われている。その後の日本の歴史のなかで、源義家は『孫子』の実戦への応用に長けていたとされている。戦国武将の多くも、中国の古典兵学に通じていた。

 江戸時代には、林羅山、新井白石、萩生徂徠などの徳川幕府の儒官は、それぞれ『孫子』の解説書を著している。吉田松陰も兵学を学び、10歳にして中国の古典兵学をそらんじており、14歳で定期的に『孫子』の講釈をしていた。

近年、『孫子』についての解説本が日本でも数多く出版されている。そのなかでも、元陸上自衛官で、現在は日本兵法研究会会長を務める家村和幸氏が著した『図解 孫子の兵法 完勝の原理・原則』(並木書房)は、まさに地政学を一から学ぶうえで大いに参考になる『孫子』の解説書となっている。特に、自衛官や外交官、さらには政治家に読んでほしい1冊だ。

(濱口和久)