広がる心のディスタンス

難民をコロナが一層苦しめる

山田 寛

元嘉悦大学教授 山田 寛

 6月20日の世界難民の日を前に、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が年次報告を公表した。昨年、「居住地を追われた人々」は7950万人(一般難民2040万人、パレスチナ難民560万人、国内避難民4570万人など)。前年の7080万人から大幅に増え、20年前の3・6倍で、UNHCR史上最高記録という。だが内外メディアの扱いは近年最小だった。新型コロナで大忙しのためだろう。

 6月8日、マレーシアは小船で漂流していたロヒンギャ難民269人を拘束、24日にインドネシアも94人を救助した。ミャンマーを逃れ、バングラデシュのキャンプに収容されていた難民たち。キャンプも過密、過酷で、今年1月以後、密航業者になけなしの金を払い、新天地を求めて小船で乗り出す脱出行が相次いだ。

 だがコロナ厳重警戒の中、難民は全くの“おじゃま虫”だ。以前寛容だったマレーシアも、タイも断固上陸を拒否。マレーシアは5月~6月上旬にのべ22回も接岸を阻止し、269人は船の故障でやむなく一時上陸させた。4カ月も漂流し灼熱(しゃくねつ)の太陽に焼かれ食料も水も欠乏した地獄船で、30人以上が死んだとか。

 マレーシアもインドネシアも、船の修理後、食料と水を与えて海に送り返す方針と伝えられる。国際人権団体から強い抗議の声が上がり、インドネシアの新聞も「全く恥ずべき」と書いた。難民たちの明日はまだ闇の中だ。

 5年前に100万人以上の難民、移民がトルコやリビアなどからボートで欧州に渡った地中海でも、受け入れ玄関口だったギリシャやイタリアやマルタが、「ノーモア難民」に転じた。

 ギリシャ国境警備隊は難民たちに催涙ガスや実弾を浴びせもした。イタリアはコロナ最激戦地だが、以前からリビアと交渉、ボートを捕捉してもらう約束を取り付けていた。マルタは自国の民間船に、ボートを遮るゴールキーパー役を務めさせた。英紙ガーディアンが、アフリカ人女性の証言を伝えている。63人でリビアを出発、12人が死亡、残りがリビアに戻された。12人中3人は、マルタ船が接近したので喜び、早く助けを求めようと海に飛び込み、空(むな)しく水死した者たちだ。

 今年上半期に欧州に到着したボートピープルは約2万4000人に留(とど)まっている。判明した死者・行方不明者は339人である。

 国連機関は「コロナでも送り返さないで」と訴え、難民が対コロナ医療スタッフとして活躍している実例などを懸命にPRしている。国際人道団体責任者は「欧州は、難民を放棄することで欧州の心を放棄している」と嘆く。だが効果はない。

 難民・移民の認定作業を中断した国も多い。一体コロナ以後はどうなるのか。グローバリズムが後退、自国第一主義が強まり、強権政治が広がるなどと予想される世界で、難民に対する心のソーシャル・ディスタンスは、かなり長く存続しそうだ。

 日本は昨年の難民認定44人という受け入れ小国だが、今後果たすべき役割は増大するだろう。

 難民受け入れは自由民主主義陣営の責務であり、全体主義陣営に対する優位性の証しでもある。北東アジア情勢次第で大量の難民が到来する可能性もある。しっかり備えたい。

 当面、香港を脱出、外国移住を望む市民が急増するだろう。「彼らは先(ま)ず英、米や台湾に向かう。日本希望は少ないだろう」などと及び腰でいてはダメだ。難民認定でも在留特別措置でもきちんと対応しよう。コロナ以後の世界の様々な面で、アジアの自由民主主義第1代表の責任を、積極的に果たして行かなければならない。

(元嘉悦大学教授)