でも彼らは国を出る、ボックスピープルの悲劇

山田 寛

 

 先月下旬、英国で大型トラックの冷蔵コンテナから39人のベトナム人密航者の遺体が見つかった。聞いただけで背筋が凍る。

 その直後にも、移民や難民を積み込んだ冷蔵トラックがフランス、ベルギー、ギリシャで次々摘発された。

 39人死亡は、冷蔵トラック関係では、4年前オーストリアの路上でシリアやイラクの難民ら71人の遺体が発見されたのに次ぐ惨事だ。

 同事件は、今年6月ハンガリーの裁判所で、ブルガリア人ら人間密輸ブローカー・リングの4人に終身刑が言い渡された。欧州で移民・難民・労働者の受け入れの壁が高くなり、ブローカーや冷蔵トラックの暗躍の場が広がる。

 ベトナムの場合、ベトナム戦争後の1970年代後半から90年ごろまで、大量の「ボートピープル」難民が小船で脱出した。

 だが最近、密航ブローカーらの間で、「ボックスピープル」「CO2(炭酸ガス)ルート」なる新語が登場しているという。多くの密航者が西欧、特に英国を目指し、国際密航ネットワークで大移動するが、コンテナ詰めなど酸素の乏しい輸送も含まれる。家族・親族の絆が強いベトナム。最貧地帯の北中部の若者の密航が増えているようで、家族を支えたいと懸命に借金、借金、借金をし、日本円にして200万~500万円もブローカーに払って国を出る。

 英国は他の欧州諸国と比べ、不法就労の摘発がややゆるく、2万~3万人の不法在留ベトナム人がいるという。欧州連合(EU)離脱問題で東欧労働者流入にブレーキがかかり、その分仕事がありそうだ。問題はその仕事。違法な大麻栽培農家などで働く者が少なくない。

 ベトナムは、中国、マレーシア、タイなどへの密航、人身売買問題も抱える。

 共産党政権下の改革開放で、アジア経済成功物語の一例のように見えても、昨年の国民1人当たり名目GDP(国内総生産)は世界139位。国民が大量に国外で働く必要のある“エクソダス経済”の国なのだ。

 日本もそのエクソダスと大いに関係がある。日本は今年から「特定技能」の外国人労働者受け入れ拡大を始めたが、これまでベトナムの出稼ぎ労働希望者は、主に留学生か技能実習生の資格で入国してきた。昨年の留学生は約7万2000人で中国に次ぎ2位。技能実習生は約13万4000人で断トツ1位だった。

 もちろん、真の留学生、技能実習生も多い。だが、仕事第一で学校や実習先を飛び出し、在留資格と就労のために難民申請をする者も多いのだ。法務省は昨年、難民申請者への就労許可をより厳しく改めた。すると前年比で申請者数減少率が最大となったのは、ベトナム人だった。

 今回の39人の中で、死の直前、「ママごめんなさい」との悲痛なメールを送ってきた26歳の女性は、日本で3年間まじめに技能実習して帰国後、高収入を夢見て英国行きを決めたという。日本語もある程度習得しただろうから、特定技能の試験を受ければ合格でき、夢見たと同様の収入を、日本で正規に安全に得られた可能性があったと思うのだが。

 中東からの入国者などにも、現地の悪質ブローカーに300万円も払い、偽ビザをもらって来た者がいる。日本がらみでは大がかりな密航・人身売買の“大悪質ブローカー”はいないだろうが、留学や技能実習の希望者などから多額の斡旋(あっせん)手数料をとる“小悪質ブローカー”は、どこの国にも沢山いる。

 今後、特定技能労働者の募集を含め、相手国と協力し小悪質ブローカーの介在をできるだけ排除したい。それが間接的にボックスの悲劇を減らすことにもつながるだろう。

(元嘉悦大学教授)