先端技術競争、世界の命運握る「量子」
昨年10月4日、ペンス米副大統領のハドソン研究所演説は鮮烈だった。
「中国は先端軍事計画など米国の技術を盗み、陸海空、宇宙における米国の軍事的優位を脅かす」と糾弾し、「米大統領は後ろに引かない」と断言。中国とは「倶(とも)に天を戴(いただ)かず」の意思を鮮明にした。
このペンス演説を「現在版ハル・ノートだ」と指摘するのは、拓殖大学海外事情研究所の澁谷(しぶたに)司(つかさ)教授だ。
澁谷氏は「貿易戦争に名を借りた中国潰(つぶ)しだ」とし、「米国とすれば世界の覇権を中国に渡さないという、“対中宣戦布告”の意思表示だった」と言う。
その核心は「技術覇権」(澁谷氏)だ。
先端技術は日進月歩で、あっという間に新技術も骨董(こっとう)品になりかねない。そうした先端技術開発は、軍事転用も可能だ。オセロゲームをひっくり返すようにすべてを入れ替え、国家の未来をも決定しかねないパワーを発揮する。
習近平政権がとりわけ力を入れている先端技術開発は、量子コンピューター、人工知能(AI)、半導体の3部門だ。
特に量子コンピューターは、「米中が拮抗している」(野口東秀・新外交フォーラム理事長)とされる。野口氏は「そもそも中国が量子コンピューターに投入する予算が巨額で、日本とは桁が違う」と指摘する。中国は現在、安徽省合肥に投資額100億㌦(約1兆900億円)の量子情報科学国家実験室を建設中で来年にも完成する。
量子とは、原子や光子などのごく小さな粒子の総称で、波動と粒子の2性質も併せ持つ。現在のコンピューターが「0」と「1」のどちらかの状態を表す「ビット」を使って計算するのに対し、量子コンピューターは「0」と「1」の両方の状態を同時に取れるという量子特有の「重ね合わせ」を利用し、多数の計算の並列処理が可能だ。
その能力はスーパーコンピューターの1000万倍。数々の難問を一瞬で解くとされ、実現すれば、まさに夢の次世代コンピューターだ。さらに量子コンピューターは、他者からのサーバー攻撃に強靭(きょうじん)で、しかも他者の暗号を簡単に解いてしまう能力を持つ。
その量子コンピューターの研究開発が、世界で急加速している中、中国が頭角を現し始めた。
中国は2017年9月、世界初の量子暗号通信「北京―上海幹線」を正式に開通させた。また、中国で「量子の父」と呼ばれる中国科学技術大学の潘建偉教授は、オーストリア科学アカデミーと協力し、量子科学実験衛星「墨子号」を使い、中国とオーストリアの間で距離7600㌔の大陸間量子鍵配送を実現し、鍵の共有による暗号化データ伝送と動画通信を実現している。
何より暗号を破る技術開発は、国家の死命をも制するものだ。第2次世界大戦の時、ナチス・ドイツが用いたローター式暗号機エニグマを英国が解くことに成功し、大戦終結を早めたのは有名な史実だ。
その意味では今日、現存する最も安全な暗号化コードも裸にしてしまう可能性が高い量子コンピューターの開発競争は、安全保障問題と直結する。自分の暗号は破られず、相手の暗号は瞬時に解いてしまう量子コンピューターが完成すれば、軍事で相手を圧倒できる。
米国が抑え込もうとしているのは、こうした世界を一変させかねない中国の技術でもある。
(編集委員・池永達夫)











