太平洋島嶼諸国と自由の価値
カネ恃み「侵食」図る中国
「借金漬け」開発援助は破綻へ
9月上旬、ナウルで開かれた太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議の風景は、誠に興味深いものであった。会議の席上、議長を務めたバロン・ワカ(ナウル大統領)は、中国特使の態度に激怒し、「彼は非常に無礼で大騒ぎを引き起こし、一当局者という立場でありながら首脳会議を中断させた」と非難した。それは、2006年以降、推定17億8000万ドルの援助を中国から受けた太平洋島嶼(とうしょ)諸国の対中姿勢における「本音」を暗示した。
現下の中国は、その「借金漬け」とも揶揄(やゆ)される開発援助の手法を通じて、アフリカ諸国や太平洋島嶼諸国に影響力を拡張しようとしている。中国の「借金漬け」援助によって国家資産を譲渡する羽目になる次の事例が、太平洋島嶼諸国であるという観測もある。
習近平(中国国家主席)は、PIF首脳会議と同じ刻限に北京で開かれていた「中国アフリカ協力フォーラム」首脳会合の席上、「われわれは保護主義と一国主義に反対し、互いの核心的利益を守ることを決意する」と述べた上で、アフリカ支援のために600億ドルを拠出する方針を表明した。習近平は、カネを求心力にしつつ、アフリカ諸国や太平洋島嶼諸国を含む開発途上諸国の盟主たらんと自ら演出しようとしたのであろう。
習近平麾下(きか)の中国政府は、自らのカネに拠(よ)って影響力を及ぼす先として、アフリカ諸国や太平洋島嶼諸国を半ば同列に観(み)ているかもしれないけれども、アフリカ諸国や太平洋島嶼諸国の情勢は、決して互いに近似しているわけではない。
振り返れば、1960年代以降、アフリカ諸国の多くでは、「専制と腐敗」の風景が繰り返されてきた。70年代のウガンダにおけるイディ・アミン(当時、ウガンダ大統領)、さらには80年代以降のジンバブエにおけるロバート・ムガベ(当時、ジンバブエ大統領)は、アフリカの「専制と腐敗」を象徴する政治群像である。
片や太平洋島嶼諸国では、そのような「専制と腐敗」の気風は薄い。2006年以降に軍政が布かれたフィジーは、その限られた例外であると言える。
国際NGO団体「フリーダム・ハウス」が発表する17年時点の「自由度」指標に拠れば、アフリカ諸国の大勢が「部分的に自由(partly free)」や「自由でない(not free)」と位置付けられているのに対して、太平洋島嶼諸国では、「部分的に自由」とされたフィジーやパプアニューギニアを除く全てが「自由(free)」と評価されているのである。
このような観点から、「アジアで最も先進的な民主主義国家」である台湾にとって、外交関係を依然として維持できているのが、パラオやナウルのような太平洋島嶼6カ国であるという事実は、誠に示唆的である。
実際、このたびのPIF首脳会議には、「域外パートナー」としての台湾から呉釗燮(台湾外交部長)が出席し、太平洋島嶼諸国の医療支援のために100万ドル基金を設立する旨の台湾政府方針を表明している。こうした蓄積を踏まえる限りは、台湾と太平洋島嶼諸国との紐帯(ちゅうたい)は存外、強いと観るべきであろう。
故に、中国政府が「一帯一路」構想の旗の下に展開する「借金漬け」開発援助は、アフリカ諸国ならばともかくとして、太平洋島嶼諸国では早晩、破綻するのではなかろうか。前に触れたPIF首脳会議におけるバロン・ワカの対中「激怒」の顛末(てんまつ)は、中国の対外関与それ自体の行方をも暗示しているようである。
1997年以降、日本は、PIF諸国首脳を招き、太平洋・島サミット(PALM)の枠組みを3年ごとに開催してきた。去る5月の第8回太平洋・島サミット(PALM8)で発出された「首脳宣言」には、次のように記されている。
「首脳は、太平洋において、法の支配に基づく自由で、開かれた、持続可能な海洋秩序の重要性を強調し、それが地域の平和、安定、強靭(きょうじん)性及び繁栄に貢献することを認識した」
「首脳は、太平洋における法の支配に基づく海洋秩序を確保するため、海洋安全保障及び海上安全の分野において緊密に連携する意図を再確認した」
日本は、海洋国家として、太平洋島嶼諸国と共に、「自由」や「開放性」の価値を受け入れている。その輪の中には、豪州やニュージーランドは無論、英仏米加4カ国も入ってくる。
こうした価値意識の「共有」という裏付けがある限りは、日本、英仏米加4カ国、そして豪州やニュージーランドを含む太平洋島嶼諸国の「結束」は、カネを恃(たの)んだ中国の太平洋「侵食」に対抗できるであろう。それは、日本にとっては、日米共通構想としての「インド・太平洋」戦略を支える強固な基盤になるであろう。
(敬称略)
(さくらだ・じゅん)