懸念は中国への軍事技術流出

米ケント・カルダー教授が講演

 東アジアの国際関係を専門とした米ジョンズ・ホプキンス大学のケント・カルダー教授は先月24日、「中国・欧州関係の進展とその世界的影響」と題して講演した。主催したのは笹川平和財団で外交官や教授など約250人が集まった。教授はユーラシア大陸規模での鉄道や港湾、パイプラインなど基礎インフラ整備が進む中「最大の懸念は、中国への軍事技術流出だ」と強調した。
(池永達夫、写真も)

東欧などに融資外交を展開

露は「一帯一路」の通過点に

 教授は、中国が特に東欧や地中海諸国に融資外交を展開していると指摘。

 財政再建策の一環として国有資産の売却を進めるギリシャは4月、アテネ近郊にある同国最大のピレウス港を中国に売却することを決め、中国海運大手の中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)との契約に調印した。

ケント・E・カルダー

都内の笹川平和財団ビルで講演するケント・E・カルダー教授

 さらに中国は新疆ウイグル自治区とカフカスをつなげる鉄道インフラの整備にも動いている。

 パイプラインは既にトルクメニスタンとウルムチ、上海を結んでいるが、さらに国内で分岐して広州にまで延ばす意向だ。

 アジアのインフラニーズは10兆ドルといわれるが、中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立し、「一帯一路」構想を補強するユーラシア大陸のインフラ整備に向けたファイナンスを担保しようとしている。

 ただ教授は、日米が距離を置き、英独など欧州が積極的に加担しているAIIBは「初めから高い格付けを得ることは難しく、普通の商業ローン並みの利払いになる見込みだ」と述べ、ユーラシア全体を覆うインフラ整備に関してはアジア開発銀行(ADB)との共同融資も現実的課題となると指摘した。

 なお教授は、中国の「一帯一路」構想がダイナミックに動くことで「ロシアは通過点になり下がる懸念が出てきた」と述べた。

 ロシアは旧ソ連5カ国(ロシア、カザフスタン、ベラルーシ、アルメニア、キルギス)の経済ブロック「ユーラシア経済同盟」に中印や欧州をも取り込み、「大ユーラシア経済パートナーシップ」に発展させる構想を打ち出しているが、ウクライナ危機で関係が悪化した欧州諸国の反応は鈍い。プーチン大統領は「大ユーラシア」という新たなパラダイムを構築することで、広範な経済統合を主導したい考えだが、クリミア問題で受けている経済制裁や原油安による経済力の落ち込みでそれを推進する体力に欠けるばかりか外交的にも孤立している。

 むしろ、中国の「一帯一路」が力を持ってくるようになると、ロシアの「大ユーラシア」がのみ込まれ、ロシアそのものも「一帯一路」の通過点になって、「ロシアが中国にとってジュニアパートナーになる懸念が存在する」(同教授)と指摘する。

 とりわけロシアは1991年のソ連崩壊後、総人口2・5億人から一挙に1・5億人に激減し、リカバリーは困難な状況にある。

 それでも「ロシアは軍事力のチェスボードでまだ強力なパワーを保持しており、(地域共同体に)介入させるべきだが甘やかさないことが肝要になる」(同教授)と論じた。

 一方、東アジアの安全保障問題で教授は、7月に出されたオランダのハーグ仲裁裁判所の裁定に関し、米国のアプローチに変化があった点を述べた。

 それまで米国は中国にいろいろ口を出したものの、以後、口を閉ざした格好で中国批判はトーンダウン。ワシントンが激しく批判すれば国内感情をあおるだけで、米は中国国内の政治を悪化させたくないというのだ。また、中国が反発して、南シナ海で航空識別圏を設定するような事態も回避したい意向があるという。

 総じてカルダー教授は中国の欧州進出を容認し、マイケル・ピルズベリー氏が「世界覇権100年戦略」で書いた覇権構築のための布石といった見方はとらない。それでも教授は「中国・欧州関係の進展で最大の懸念は、中国への軍事技術流出だ」と述べたのは見識として評価される。