保守主義を捨てた共和党
トランプVSヒラリー 米大統領選まで3カ月(1)
11月8日の米大統領選まで約3カ月。共和党の実業家ドナルド・トランプ氏と民主党のヒラリー・クリントン前国務長官の対決となった選挙戦の焦点を探る。(ワシントン・早川俊行)
思想なきポピュリズムに傾斜
「ビルド・ザ・ウォール(壁を造れ)!」。オハイオ州クリーブランドで先月開催された共和党全国大会では、メキシコ国境沿いに壁建設を求めるトランプ氏支持者の叫び声が何度も会場に響き渡った。3000㌔を超える国境に壁を建設した場合、一体いくらの費用がかかるのか。それをメキシコ政府に支払わせることなど本当にできるのか。2008年以来8年ぶりに共和党大会を取材したが、そこで目の当たりにしたのは、現実離れした主張が堂々と叫ばれる様変わりした共和党の姿だった。
共和党は戦後、2度のトランスフォーメーション(変革)を経て今日に至っている。1964年の大統領候補バリー・ゴールドウォーター上院議員は大統領選で惨敗するが、共和党の保守化の潮流を生みだす。これが最初の変革だ。
第2の変革をもたらしたのは、ロナルド・レーガン大統領だ。保守主義を共和党の主流思想として定着させるとともに、「レーガン・デモクラット」と呼ばれる民主党の白人労働者層から支持を集めた。
「我々が今、目撃しているのは共和党の第3の変革かもしれない」。ジョン・グリーン・アクロン大学名誉教授は、トランプ氏の下で進行する共和党の変化をこう分析する。「かつてのレーガン・デモクラットのような有権者が、ついに大挙して共和党員になる可能性がある」
トランプ氏が没落する白人労働者層の支持で台頭してきたのは事実だが、彼らを引き付けているのは、反自由貿易、反移民といった保護主義的、排外主義的なメッセージだ。トランプ氏は保守主義の根幹である「小さな政府」やキリスト教に基づく伝統的価値観に明確な支持を示すわけでもない。むしろ、大企業や自由貿易を非難し、国際問題への積極的関与を否定する孤立主義的な対外姿勢は、反保守の香りすら漂う。
「共和党は今や伝統的な保守政党というよりポピュリスト政党になった」。ウォール・ストリート・ジャーナル紙はこう断じたが、トランプ氏がもたらす「第3の変革」は、共和党を思想なきポピュリズム政党へと変質させてしまうかもしれない。
この状況に党主流派・保守派からは強い懸念が出ている。ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事は、ワシントン・ポスト紙への寄稿で「トランプ氏が共和党の未来を象徴しないことを心から望む」と強調。保守派の代表的論客であるウィークリー・スタンダード誌のウィリアム・クリストル編集長も、トランプ氏を「史上最悪の大統領候補」と酷評した上で、「彼が偉大な党の将来を定義することは許されない」と主張した。
共和党は依然、伝統的な保守主義者が主流を占めるものの、今後はトランプ氏の主張に共鳴する有権者の意向を無視できなくなる可能性が高い。もしトランプ氏が大統領に当選すれば、共和党の新たな顔として永続的な影響を及ぼすことになるだろう。
トランプ氏に乗っ取られた「リンカーンの党」はどこに向かうのか。これは大統領選のもう一つの大きな焦点である。






