深刻な海面上昇の被害 ノート マーシャル諸島元大統領
ケサイ・ノート マーシャル諸島元大統領に聞く
今も続く核実験による汚染
太平洋の島国マーシャル諸島のケサイ・ノート元大統領は都内で本紙のインタビューに応え、海面上昇、米国が戦後行った核実験による被害が深刻で、国家の経済、社会にも大きな影響が及んでいる現状を訴えた。(聞き手=本田隆文)
気候変動による海面上昇の影響が深刻だ。
海面上昇はマーシャル諸島にとって深刻な課題だ。何年も前から海面の上昇を目にし、生活にも影響が及んできた。何十年も前から高潮を経験してきた。通常は10月から2月の間に来るが、最近ではその頻度が高まり、国民の資産、住宅、農地、家畜などあらゆるものが被害を受けている。そのため、マーシャル諸島を出て、米国に移住する国民も多い。
国内の至る所で問題が起きている。国の経済や社会に被害を及ぼすだけでなく、国立墓地も被害を受けている。高潮で墓地が破壊され、遺骨が海や陸上に散乱している。
今のところ、漁業以外にこれといった資源はない。観光にも力を入れようとしている。ダイビングやスポーツフィッシングなどだ。米国が1940年代から50年代にかけて核実験を行ったビキニ環礁は、世界的によく知られたダイビングスポットだ。
だが、マーシャル諸島は国際市場から孤立しているのが現状で、観光客の誘致に苦労している。非常に遠く、アジアやオセアニアの観光客らは皆、グアムやサイパン、ハワイに取られてしまっている。観光産業はまだ始まったばかりで、世界と競争していくために開発していかなければならない分野が数多くある。
昨年末の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で「パリ協定」が交わされた。その効果は出ているか。
パリ協定はまだ完全には実施されてはいない。しかし、非常に重要な協定であり、この協定によって、世界が海面上昇や気候変動によるわが国の問題に注意を払ってくれるようになったことに感謝している。
協定署名国による具体的な活動はまだないものの、国際社会が気候変動問題に関心を持っていることに安堵(あんど)している。パリ協定によってマーシャル諸島は、気候変動資金調達メカニズムへのアクセスが容易になった。海面上昇と海水の侵入から島々を守るために、国の周りに堤防を建設したり、その他の適応・緩和策を取りやすくなった。非常に小さな国でありながら、気候変動の最前線に立っていることを私たちは誇りに思っている。
台湾との外交関係は今後も継続
マーシャル諸島では戦後、米軍の核実験が行われた。
米国は12年間にわたってマーシャル諸島で核実験を行った。ビキニ環礁など多くの島が放射性降下物で汚染されている。実験当時、島に住んでいた数多くの人々の間で、健康問題が起きる頻度が高まった。マーシャル諸島は今でも、世界的に見てがん患者が多い国の一つだ。核実験が終わってほぼ60年たっても高レベルの汚染が続いている。ビキニ環礁の人々は、キリ島に移住したが、今は海面上昇のせいでキリ島を離れなければならなくなっている。まさに、泣きっ面にハチのような状態だ。米国は、資金を出し、島々を除染してきたが、その資金は、当初から十分なものではなく、すでに底を突いた。
米国と自由連合盟約を結び、台湾と国交を持つ一方で、中国も太平洋地域で影響力拡大を狙っている。
中華民国(台湾)とは外交関係を築いているし、今後も、予測し得る将来までこの関係は続けるつもりだ。中国が太平洋地域で存在感を増していることは認識しているが、外交があるのは台湾だけだ。ミクロネシアなどの国々は中国と外交関係を結んでいる。マーシャル諸島が中国と協力関係にあるのは、経済・貿易面だけだ。
米国との間には自由連合盟約があり、経済支援を受けているが、これは2023年まで続く。何年か前に、クワゼリン環礁を軍事基地として使用する米国との土地使用協定(LUA)を更新したばかりだ。LUAによって米国は86年までクワゼリン環礁を使用できる。マーシャル諸島は米国にとって戦略的に非常に重要な位置にある。米国のレーガン政権時代には、戦略防衛構想(SDI)に参加したこともあった。
歴史的に日本と深い関係がある。日本に対し期待することはあるか。
日本とマーシャル諸島は非常に強い関係があり、米国、台湾に次ぐ開発パートナーとなっている。日本との関係を築いて以来ずっと、開発計画やインフラ整備などへの資金供与という形で、社会的、経済的支援を受けてきた。その支援で、道路、病院、学校、空港、船着き場、漁業基地などを整備してきた。今後も、日本とは良好な関係を築いていきたいと思っている。強力な開発パートナーであり続けたい。米国や台湾、日本が出資しているアジア開発銀行(ADB)のような組織からも支援を受けている。
日系人ということだが、日本に対して一言。
母方は新潟出身で、私は3世に当たる。妻の親族は長崎から来ている。
両国間、両国国民の間の関係を一層深めたいと思っている。気候変動と海面上昇の結果、今後も困難に立ち向かっていかなければならず、今後も学校、病院、信頼できる輸送機関などのインフラ整備に向かって資金的、技術的な支援と協力が得られることを望んでいる。