訴えられるキリスト教徒 2000年の道徳観が偏見に
オバマの対宗教戦争・第1部
神を見失うアメリカ(13)
米西部ワシントン州リッチランド。シアトルから南東に約350キロ離れた都市だ。ここで「アリーンズ・フラワーズ」という花屋を営む女性店主バロネル・スタッツマンさんが、州司法長官に訴えられたのは4月のことだった。
理由は、同性愛者のロバート・インガーソルさんから依頼された同性パートナーとの結婚式に飾る花のアレンジを断ったことだった。これが差別を禁止する州法に違反すると見なされたのだ。ワシントン州は昨年12月から同性婚を合法化している。
スタッツマンさんは同性愛者を差別的に扱ったことはなかった。インガーソルさんを顧客として10年近く大切にし、同性愛者を店員として雇ったこともある。ただ、結婚は男女間のものと信じるキリスト教徒として、同性婚のフラワーアレンジメントだけはどうしても引き受けることができなかった。
「ごめんね。イエス・キリストとの関係から、あなたの結婚式を手伝ってあげることはできないの」。スタッツマンさんはインガーソルさんの依頼を丁重に断り、2人はハグして別れた。このやりとりが訴訟に発展するとは思いも寄らなかった。
司法長官に続き、インガーソルさんもパートナーとともにスタッツマンさんを提訴。これに対し、スタッツマンさんは州が宗教的信念に反する行動を強制するのは州憲法違反だとして、司法長官を逆に提訴した。細々と花屋を営んでいた70歳近いスタッツマンさんは今、三つの裁判に巻き込まれている。
このような事例は同性婚が認められていない州でも起きている。
コロラド州でケーキ屋を営むジャック・フィリップスさんも、結婚は男女間のものだというキリスト教信仰に基づき、男性カップルから頼まれたウエディングケーキ作りを断ったために提訴された。
ニューメキシコ州では、キリスト教徒のカメラマン、イレイン・ヒューゲニンさんが、女性カップルが愛を誓う“誓約式”の撮影を断ったところ、州人権委員会に訴えられた。同委員会はこれを差別と断定、女性カップルに弁護士費用約7000ドルを支払うよう命じた。ヒューゲニンさんはこれを不服として裁判を起こし、州最高裁までもつれ込んでいる。
同性婚が合法化された地域では、宗教組織の活動が制約されるケースが出ている。カトリック教会の慈善団体は、マサチューセッツ州と首都ワシントンで行っていた養子縁組事業からの撤退を余儀なくされた。事業を継続するには、教義に反して同性カップルにも養子を斡旋しなければならなくなったからだ。
信教の自由と同性愛者の権利が衝突する事例が増えているが、オバマ大統領が政府の雇用機会均等委員会(EEOC)委員に起用した同性愛者のチャイ・フェルドブルム・ジョージタウン大学ロースクール教授は、次のように主張したことがある。
「信教の自由と性の自由が衝突しても、ほぼ全ての裁判で性の自由が勝つ。それが同性愛者の尊厳を確認する唯一の方法だからだ」
フェルドブルム氏が言ったとおり、同性婚の拡大に伴い、信教の自由より同性愛者の権利が優先される傾向が強まっている。
キリスト教界は「2000年の道徳観や宗教的信念が偏見になってしまった」(カトリック教会のチャールズ・シャピュー大司教)と、伝統的な結婚の定義を守ろうとする人々が偏見を持つ者と見なされる風潮が強まっていることに危機感を募らせる。だが、世論は同性婚容認へと急速に傾いており、この風潮を反転させるのは容易でない。
(ワシントン・早川俊行)