ハザードマップの有効活用を

拓殖大学防災教育研究センター長・特任教授 濱口 和久

あくまで避難の目安に
想定超える被害起こる可能性

濱口 和久

拓殖大学防災教育研究センター長・特任教授 濱口 和久

 ここ数年繰り返し起きている洪水や土砂災害。先月3日に起きた静岡県熱海市での土砂災害(土石流災害)の行方不明者の捜索が現在も続くなかで、8月11日から日本列島を襲った大雨は、各地で観測史上最高の雨量を記録し、甚大な被害を出している。

 台風の接近前や大雨が降ることが予想されるとき、気象庁の予報官が「50年に1度のこれまでに経験したことのない大雨が降る恐れがあります。生命(いのち)を守る行動を取ってください」という発言をすることが増えているが、「50年に1度のこれまでに経験したことのない大雨」ということは、人間が生きている間に経験するかしないかの大雨のはずだが、毎年のように日本列島のどこかで生命の危険を感じる大雨が降っている。

忘れる前に起こる天災

 これからも「天災は忘れた頃」ではなく「天災は忘れる前」に起こる事態が想定されるなか、洪水や土砂災害から安全に避難するときに役立つのがハザードマップだ。自分の住む自治体のハザードマップはインターネットでの閲覧や役所の窓口に行けば無料で貰(もら)える。

 ハザードマップは一般に「災害予測地図」とか「防災地図」と訳され、起こる可能性がある災害を予(あらかじ)め知らせることと、被害を防ぐために何をすべきかを伝えることの二つの機能を持っている(鈴木康弘編『防災・減災につなげるハザードマップの活かし方』岩波書店)。

 日本で本格的にハザードマップが作成されるようになったのは、平成7(1995)年1月17日に起きた兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)がきっかけだと言われている。阪神・淡路大震災の前は、災害リスク情報が国民に積極的に提供されることは殆(ほとん)どなかった。実際に過去に起きたという明白な「災害実績図」ならともかく、「予測図」の作成には抵抗感が強かった。なぜなら、正確な予測は困難だという考えのほか、不安を煽(あお)ることはよくないとか、地価の値段が下がったら財産権の侵害になるという意見があったからだ。

 平成23年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の被害の惨状を受けて、ハザードマップに対する国民の意識が少しずつ変化し始め、身近な防災対策のツールとして活用されるようになる。令和2年7月豪雨では、球磨川の氾濫(はんらん)による熊本県人吉市や球磨村の浸水地域は、ほぼハザードマップの浸水想定と一致していた。このことからも、ハザードマップを普段から確認しておくことは欠かせない。だが、実際に自分の住む自治体ハザードマップを普段から確認している人は、ごく僅(わず)かでしかないのが実情だ。

 では、ハザードマップを百パーセント信用できるのか。東日本大震災では浸水想定を超えて津波が押し寄せ、犠牲者が出た地域が数多くあった。令和2年7月豪雨でも、人吉市では球磨川の氾濫により、想定を超えて濁流が市街地を襲い、浸水高が4・3メートルに達した地域がある(熊本大学くまもと水循環・減災研究センターの調査)。記録が残っている昭和40(1965)年と46年のときの球磨川氾濫時の同じ地域の浸水高2・1メートル、1・1メートルを上回り、住宅の2階まで濁流が来たことになる。

 避難する暇がない場合や家から避難する際に危険性が高い場合には、垂直避難として、家の2階に避難することが推奨されているが、令和2年7月豪雨では、2階に避難しても地域によっては危険な状態に追い込まれ、さらなる犠牲者が出た可能性もあった。

普段から「危険」認識を

 ハザードマップはかなり正確に被害想定を示しているが、雨の降り方が以前とは違う気象環境が続くなかで、想定を超える被害が起こる可能性もあり、あくまでも避難のタイミングの目安としてハザードマップを活用するべきだろう。

 ハザードマップは個人の住宅などの財産を守ってくれるわけではない。津波や洪水の浸水地域や土砂災害警戒地域に住宅などがある場合には、危険と隣り合わせで暮らしているという認識を普段から持って、早めの避難を心掛けることが重要である。

(はまぐち・かずひさ)