「自立自尊」を目指した仲井眞沖縄県政の8年間
県政振り返る著書がベストセラー、仲井眞弘多氏に聞く
2006年から2014年まで2期8年間、沖縄県知事を務めた仲井眞弘多氏の県政運営やその人生を振り返る本『自立自尊であれ』(OXメンバー著、幻冬舎ルネッサンス新書)がこのほど出版され、県内主要書店でベストセラーになるなど注目を集めている。普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設を容認した背景や自立経済に懸ける思いなどについて、仲井眞氏に聞いた。(沖縄支局・豊田 剛)
経済対策に尽力、東アジア有数の貨物ハブが実現
――仲井眞県政の2期8年で経済が上向いた。本書では「国との健全な協力なくして『自立自尊』の沖縄の将来はないと危惧せざるを得ない」と述べている。
知事就任時、求人倍率は全国で最も低く、失業率は最も高かった。立ち遅れた沖縄の経済をどう良くしていくかが課題だった。国内外に企業誘致した結果、東アジア有数の貨物ハブが実現した。
「自立自尊」は、福沢諭吉の「独立自尊」を参考にした言葉。沖縄で「独立」という言葉を使うと誤解を与えてしまうため、「自立」の方がしっくりくる。
全国を見ても、海域を含めて東西南北これほど広い県はない。スケールが大きすぎて経済的なデメリットになる部分はあるが、自立度を高めた経済を整えないと一人前にならない。
来年度、第5次沖縄振興計画が期限を迎える。革新の玉城県政が、次期振興計画をどのように描いているのか注目している。
普天間飛行場の一日も早い危険性除去が最大の目的
――普天間飛行場の辺野古への移設に伴う埋め立て承認では、2期目の知事選で掲げた「県外移設」の公約に反するとして厳しく批判された。
普天間移設問題は、危険性を一日も早く除去することが最大の目的だ。それを実現するのが公約だった。辺野古よりも遠くに移すことは理想ではあるが、早期の危険性除去のためには県内もやむを得ない。
2004年、沖縄国際大学にヘリが墜落した。基地周辺は住宅が密集し、学校や病院も多くある。そうなると安全な場所に移すしかなく、両政府が話し合って海側に出して辺野古に移そうということになった。
一方、革新陣営は、県外が唯一無二のように表現するから話が合わない。埋め立て申請を許可することが現実に早く処理できることだった。一日も早い危険性除去をしようとしたのであって、公約違反ではない。
沖縄は他県に比べて米軍基地が多いが、ちゃんとした理由があって存在している。頭ごなしに反対するのではなく、理解しながら整理縮小し最小限に抑えようと考えるのは当然のことだ。
――安全保障や経済を考える上で米国との関係は重要になる。
在沖米軍基地の整理縮小を含め、日米同盟についての考えを知るために何度か訪米し、いろいろと交渉した。事故も多発していたから、影響を最小にしようとしたのは当然のこと。
米政府高官に会ってフランクに話し合いたくても基地問題となると、国対国の問題で簡単にいかないのは事実。いずれにせよ世界最大の産業と技術、軍事力を持つ米国はものの考え方からしても参考になる。米国のレベルを目指して産業を起こし、必要な技術を導入して沖縄を豊かにし、失業率を下げることを大きな目標に掲げた。
尖閣諸島の上空視察は「当然」、しっかりとした国防を
――戦後、沖縄県知事として尖閣諸島を上空視察した唯一の知事だ。
知事が自分の土地を見に行くのは当然のこと。県知事として行政区域を隅から隅まで訪ねて行くのは当たり前だ。尖閣は言うまでもなく沖縄県の番地が付いている領土だ。
周辺の反対を押し切って「行きますよ」と。すると中国の福岡総領事館から、視察中止を求める抗議文が届いた。
視察では、自衛隊のP―3C哨戒機に乗せてもらった。実際に行ってみて結構遠い印象と魚釣島は広いという印象がある。やはり地図で見るのと自分の目で見るのは違う。立派な島だから、有人であるか無人であるかも重要なことだし、どのようにして守るのか考えなければならない。
――現在の東アジアの安全保障環境をどう見るか。
中国は経済が拡大し、国防予算がものすごい勢いで増えている。一方で、領土・人権問題に目を向けると、チベット、ウイグル、香港、台湾がある。その先には尖閣諸島、沖縄がある。
南シナ海、太平洋の海洋進出ははっきりしている。大きな動きにならないようにしっかり守り、備えなければならない。その最前線が尖閣諸島だ。
日本はしっかりとした国防を行わないと、間違ったシグナルを相手に与えてしまう。そういう意味でも防衛予算をしっかり付ける必要があるだろう。
仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)元沖縄知事のプロフィール
1939年大阪市で生まれ、那覇市で育つ。東京大学工学部卒業後、通産省に勤務。副知事、沖縄電力社長、沖縄県商工会議所連合会会長を経て、2006年に県知事に就任。2020年秋、旭日大綬章を受章した。