普遍的価値の同盟を主導せよ

東洋大学教授 西川 佳秀

反強権政治の態度鮮明に
払拭すべき欧米の対日不信感

西川 佳秀

東洋大学教授 西川 佳秀

 東西冷戦が終焉(しゅうえん)した1990年代初頭、ハーバード大学教授のサミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』を著し話題となった。同書で彼が説いた、国家間から文明間へと国際紛争の基本軸が変移するとの仮説は外れたが、唯一の超大国アメリカの地位が急速に低下し世界が多極化に向かうこと、また興隆する中国がアメリカと対立するとの予測が正しかったことは、その後の経過が証明している。

 外に膨張、内に抑圧の政治を続ける中国に対し、トランプ政権は2018年のペンス副大統領の米中新冷戦演説で競争から敵対の段階に移り、バイデン政権も先般のアンカレッジでの米中高官会議で示したように厳しい対中姿勢を維持している。民主・共和両党とも反中の立場を強め、3月の世論調査では米国民の8割以上が「習近平を信用できない」と考え、「中国を敵」と見る人が34%、共和党支持者では64%に跳ね上るなど米中関係は悪化の一途を辿(たど)っている。

新興勢力に追随の日本

 バイデン政権は、トランプ時代に傷ついた同盟諸国との関係を改善し、日米豪印(クアッド)の連帯と協力で中国の覇権阻止に動き始めている。冷戦では、社会主義と資本主義のいずれを選ぶかが問われたが、現在の米中戦は、自由や民主主義、人権擁護という普遍的価値の実現をめざす日米豪印欧のグループと、それを拒否する中露の戦いだ。日本はアメリカとともにクアッドを牽引(けんいん)すべき主たるプレーヤーである。しかるに、ハンチントンは普遍的価値に対する日本の意識について、懐疑的な眼(め)を向けている。

 「日本は概ねアメリカ及び西欧に与してきた。しかしこの状況が今後も続くだろうか。中国の経済的発展が続けば、中国の政治的な影響力と軍事力もまた成長し続けるであろう。他の国々と文化的な繋がりを持たないために、具体的な国家権益が生じるとなれば日本は…(中国に)好意的な反応を示すであろう」(『文明の衝突と21世紀の日本』)

 新興勢力が台頭し始めた時、国家の選択肢は勢力均衡を維持するか、その国に追随する(バンドワゴン)かのいずれかだが、日本は常に後者であった。第1次世界大戦前は英国、1920~30年代はナチスドイツ、そして第2次世界大戦後はアメリカと、その時代に覇を唱えた国と同盟を結んできた。よって、米中の力が接近している間は慎重・日和見だが、アメリカが支配的地位を失ったとみるや、日本は一転中国と手を結ぶ可能性が高いとハンチントンは分析していたのだ。

 その理由として彼は、日本には西欧諸国との間に文化的な共有や結び付きが無いことを挙げている。日本は見事に近代化に成功した非西欧国家だが、民主革命の体験がなく、自由や民主、人権など西欧世界で最も重視される普遍的な価値に対する拘(こだわ)りが薄く、抑圧圧政の国でも、実利を示されるとそれに靡(なび)いてしまうとの見立てである。

 文明の衝突論が世に出た頃は、日本異質論が欧米で幅を利かせていた。ハンチントンの対日意識にもそうした時代の影響が感じられるが、今日我が国への偏見や不信感が完全に払拭されたとは言いきれまい。日本の媚中(びちゅう)派勢力に対する米政権内の警戒心の強さも報じられている。価値観の共有が伴わず、抑圧の勢力とも手を結びかねないとみられる国が、果たして真の同盟国として受け入れられるだろうか。

 民主化の過程は西欧と相違しても、日本は独裁者や民衆に苛斂(かれん)誅求(ちゅうきゅう)を強いる絶対的な権力者を生まず、自由や平等の意識が古くから広く行き渡った国である。中露のような強権抑圧の国柄とは程遠く、アングロサクソンに政治環境や国民意識が近い。それゆえ日本は、バイデン政権親中の噂(うわさ)に右往左往する前に、まずは自らが誤解を受けぬよう、自由の確保や民主化、人権擁護等普遍的な価値の実現を外交の重要施策と位置付け、かつ積極具体的な行動を以(もっ)てその姿を世界に示すべきである。

かつての心意気想起を

 目先の経済的利益や甘言に惑わされず、脅しに屈せず、ウイグルやチベット、香港に対する中国の、また反体制派活動家に対するロシアの弾圧に断固反対の態度を鮮明にし、さらに世界各地の人権擁護運動への支援にも労を惜しんではならない。第1次世界大戦後のパリ講和会議で、列強を前に人種差別の撤廃を訴え、その原則を国際連盟規約に盛り込むよう主張した当時の日本外交の心意気や矜持(きょうじ)を思い起こす時である。

(にしかわ・よしみつ)