2月に設立、相談数1万件超の「沖縄命の電話」
自殺は沖縄県の深刻な社会問題、全国平均を上回る
新型コロナウイルス感染拡大による失業や減給のため経済的に困窮し、生活に不安を抱えながら心理的に追い込まれている人が増えている。折しも今年2月、そんな行き場を失った人々を救うために設立された、一般社団法人「沖縄命(ぬち)の電話」(粟国彰代表理事)のきめ細かなケアでこれまで多くの人々が命を救われている。(沖縄支局・豊田 剛)
厚生労働省の人口動態統計によると、沖縄県の自殺者数は1998年に300人を突破し、それ以来、毎年300人台で推移してきたが、2012年から200人台になり、緩やかな減少に転じている。ただ、人口比では全国平均を上回り、県は「自殺は本県にとっても深刻な社会問題のひとつ」と認識している。
コロナ禍で生活苦急増、専門家を集め新組織を立ち上げる
「沖縄命の電話」の発起人となったのは、那覇市首里の龍門寺の住職、比嘉門雄山(ひがじょうゆうざん)氏。那覇市議の粟国(あぐに)氏に呼び掛け、5年ほど前から無料電話相談の活動を続けてきた。
その実績を土台に今年2月、新たな組織を立ち上げ、各界の専門家らを集めた。5人の役員をはじめとするスタッフの職種は行政、法曹、保護司、人材派遣、介護、看護、ITなど、多岐にわたる。それぞれの特徴を生かしながら運営している。全員ボランティアだ。
転機となったのはコロナウイルス感染拡大だ。ウェブサイトの開設は8月だが、わずか1カ月で3万人がサイトを訪問。これまで1万を超える電話相談を受けている。
主な電話相談は、コロナ禍で仕事を失ったこと、嫁姑問題、介護の悩み、中でも「老老介護」と言われる問題だという。
過去1カ月の間に寄せられた相談の一部を紹介する。
親の介護を息子がやらないで嫁に押し付ける。介護している義理の親が認知症になり、手を出すようになり、自己嫌悪に陥った――。
介護はコロナウイルス感染拡大の影響を最も受けている業種の一つだ。デイサービスが閉まり、高齢の親が1日中家にいることが多くなり、家族は仕事を工面しながら介護するも、仕事と介護の両立で疲れ果てて心理的に追い込まれる。
より深刻なケースがある。沖縄にいる家族が親の面倒を見ずに、本土にいる妹に沖縄に帰ってきてもらい、介護をお願いしたというケースだ。この60代の女性は介護疲れで自殺してしまった。
発起人で理事の比嘉門雄山氏「解決まで導くことを目指す」と強調
「目指しているのは解決策を提示し、解決まで導くこと」と比嘉門氏は強調する。そのため、ただ電話で説得するだけではなく、直接相談者の家に出向き、行政などとつなげるよう努力している。
取材した前日、理事の一人はまさに手首を切って自殺しようとしている40代女性の自宅を訪れた。付き合っていた男性に暴力を振るわれて鬱(うつ)状態になり、1週間何も口にしなかったという。理事の男性は、「そこにいて話を聞いてあげるだけで心が和み、自殺を思いとどまらせ、解決につながった」と胸をなで下ろした。
代表理事の粟国彰氏「危機的状況だからこそ命を救いたい」と力説
「世の中は今、コロナ感染拡大を抑えることばかりが注目されているが、目に見えないもっと大事なことに目を向けてほしい」
粟国代表理事はこう力説する。
「沖縄命の電話」にも、コロナ感染拡大の影響による経済困窮や孤立、不安などで追い詰められる人たちの相談が増えているという。沖縄県は今年5月、新型コロナに起因する問題の緊急対策として電話相談の専用回線を新設した。
これに対し、長年、保護司として活動する男性は「行政の相談窓口は安易に心療内科や精神科を紹介するだけで、根本的な解決にならない面もある」と指摘。徹底的に相談者に寄り添う「沖縄命の電話」を評価した。
沖縄県の7月と8月の有効求人倍率は0・67倍で、6カ月連続で全国最低を記録。1倍を割ったのは5カ月連続となった。観光立県ゆえに、コロナ感染拡大が雇用に及ぼす影響は他県よりも大きい。沖縄労働局によると、完全失業率は3・5%で、じわじわと上昇。コロナの影響で解雇された、または、解雇を伝えられた労働者は2月から9月末までの累計で1313人に上っている。
「こういう危機的状況だからこそ、悩む人が増えている。いろんな方面ともっと協力しながら救える命を救いたい」
粟国代表理事は熱く語る。メンバーは、通常の電話相談に加え、毎週の意見交換・会議、ウェブサイトの更新、地域へのポスティングによる周知活動に汗を流している。